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性格の悪そうなBLOG

いちいち長いですが中身は特にないです。

思いついた事を思いついた順に書く。

たまたま休日出勤で会社の近くにあるいつも午後の紅茶のミルクティーを安売りしている店に寄ったらミルクティー好きと認知されていて私服なのが珍しいとかグイグイ来られて辛かった。
行きつけの喫茶店で常連扱いされると気まずいって峰なゆかさんがアラサーちゃんのオマケ漫画で描いてて、それが本当によく判るので辛かった。
会社から一番近いし、一番安いのにこれでは通い辛い。
そもそもミルクティーに特別拘っているつもりもないのだけれど「同じ店で同じ物を頼む」をしてしまいがちなので、そういう性格なんだと思った。
加えて休日出勤までしたのにドラゴンボールの話をされて通って無い為に疎外感が辛かった。
教育に悪いと見せて貰えなかったドラゴンボール
放送日の翌日の友人の会話で大筋を掴み、カードダスと友人宅でプレイしたスーパーファミコン格闘ゲームで補足し、あとはそこから妄想を膨らませてドラゴンボールを完成させていた。
その中でヤムチャは序盤で死んでストーリーから消えていた。彼には悪いことをしたと今なら思うけれど、僕も必死だったのだ。
カードダスの絵を模写し、きっとこんな感じだろうと漫画を描いていた。
家の方針で見せて貰えないテレビ番組があった子供は、大人になってもどこか暗い一面がある気がしている。
その暗さを植えつけるか、手間を惜しまずテレビと現実の区別をしっかり躾けるか、親はしっかり考えた方が良いと僕は思う。
ワンピースなんて物はドラゴンボールよりも残酷な気がしていて(しかも海賊だし)、それが当然の様に受け入れられているというのは良い時代だなと思う。
テレビが堅くなった分、視聴者が大らかになったんだろうか。それとも麻痺してしまっているだけなのか。
ミルクティーの話から何故こんな所へ。
そう言えば、「オラの元気玉味」というよくわからないドラゴンボールのガムを買ったんだけど匂いがキツくてあまり美味しく無かった。元気減った。
これで微減した元気は悟空が劇中で放つ元気玉の糧になっているのかな。見てないのに吸い取っていくとかNHKみたいだ。
また少しドラゴンボールとの距離が広がった気分。


そうそう、大変仲良しな人から離婚すると言われた衝撃を当事者でも無いのにズルズル引きずってツタヤに行ってクレイマークレイマーを借りるタイムリーさはさながらメジャーリーガー走者一掃タイムリーヒットを放ち観客は総立ちうおおおお明日の一面はこれで決まり☆すいません取り乱しました。
そんな心持なので、久しぶりに最近聴いて良かったCDとかの話を取り留めもなくしたい。
まずはトリプルファイヤーの物販で買った「密造盤」っていうのがとても良かった。
これはトリプルファイヤーとミツメとスカートがお互いの曲をカバーしあうっていうCDなのだけれど、スカートによるトリプルファイヤーの「スキルアップ」とトリプルファイヤーによるミツメの「三角定規△」とミツメによるスカートの「どうしてこんなに晴れているのに」が非常に好きで、他にもスカートによるミツメの「Disco」なども素敵。
バンド名をじゃんけんですかくらい出し過ぎてちょっと難解な文章になっている自覚があるのだけれど、スカートはお洒落な巨漢、ミツメはお洒落なニュータウンっぽいイメージがあってとっつき難かった所があったんだけど、こんなに良いアーティストだったのだなとオリジナル曲でもないのに思い至る。
だけどオリジナル曲でも通るくらい三者三様、相手のイメージを汲みつつ全然違うアプローチで表現されていて楽しい。
他には家入レオの「a boy」を聴いた。これは普段聞かない音楽を聴こうという気まぐれでレンタルしたんだけど面白かった。
家入レオって事前情報一切持っていない身からすると椎名林檎的でも西野カナ的でもJUJU的でも無い気がしていて正直置き所が解らない存在で何となく気になっていたんだけど。
どれでも無いけど強いて入れるなら浜崎あゆみ的な曲が多い気がする。似てるとかじゃなくて、世界観の強さが。
浜崎あゆみの楽曲は依存じゃなくてちゃんと自分の足で立つ、決断するし決してそれが暴力的にならない姿勢がカッコイイなとよく思うんだけど、それが家入レオにはあると感じます。
このアルバムはギターが目立つ曲が多いので、声のストレートさと合わさって非常にロック寄りの仕上がりだから余計にそう思ったのかも知れない。
そう言えば西野カナが会いたくて会いたくて震えていた年って何が売れてたのかなって調べたらAKBと嵐ばかりでア行ばかりで唖然としました。(言いたかっただけ)
大学生の頃、実習室でやたら話しかけてきて事あるごとにファミレス行こうと誘って来た挙句知らんうちにどっかに留学してた人に似ていて何となく苦手だったんだけど聴いて良かった。
「太陽の女神」「希望の地球」と言うスケールがでかいタイトルが突出して好き。スケールでかいんだけど「自分の射程における」が頭に付きそうな広げっぱなしにならない絶妙さが良かった。
あとは家入レオからの流れで何故か久しぶりに聴きたくなってYUKIの「WAVE」を聴いてた。このアルバム色んな意味で完璧ですね。
今更わざわざ感想も無いんだけどドラマチックがより涙腺に来る様になっていて、数年に1回ちゃんと聴き直すとまた新鮮で良いなと思った。


何故お洒落なバンドのグッズのTシャツにはダサイものが多いのだろうとずっと思っていたけど、それはステージ上でバンドTシャツを着用しないお洒落なメンバーと己の現実の対比が作用しているだけでバンドTシャツはそもそもダサイものでお洒落なバンドだろうがお洒落じゃないバンドだろうが大差はそんなに無いんじゃないかと思ったりする。
そもそもバンドのTシャツにお洒落度を求めるのはお門違い、普段着にしたいからお洒落であってくれと言うのは何だか酷く贅沢だなとようやく思い至った。
ライブ会場での一体感に勝るものなし。例えその場以外ではパジャマ替わりになろうとも。
誰も物販で売ってるTシャツを着ていないバンドはビジュアル的な憧れをこちらにくれる事が多いのだけれど、何故かそのイメージとかけ離れていようともTシャツを買ってしまう。
物販はCDを買い、チケットを買った僕らに出来る最後の嫌味の一切ない応援と言うか投資だと思っているので、結局お金が払えてついでに忠誠心とも似た応援及び軽く広告を担える何かを貰えるくらいのつもりなので良いのかも知れない。
またバンドTは好きの表現の簡略化も成せるのでお洒落部門で不安がある身としてはとても助かる。
ユニフォームとして日々スーツで済んでいる自分がカジュアルでありながらも暗黙のルールに縛られながら服を選ぶ女性社員の様になれるかと言われると無理。着回しは尊敬してしまう高等技術。
そんな感じで良いと思っている癖に何故か悶々としてしまう理由はどこにあるのだろう。
判らないけど、服を買いに行く服が無い的な自分が磨かなかったから降りかかってる現実から目を逸らすタイプのコンプレックスが根源にある気がしています。
現世の残りを反省して後追いで努力して、来世は来世で頑張ろうねって感じ。


またー。