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性格の悪そうなBLOG

いちいち長いですが中身は特にないです。

思いついた事を思いついた順に書く。

たまにストレス発散にガチャポンをする。ガチャポンはガチャガチャでもビックラポンでも何にでもシックリくる名前に置き換えてください。擦り合わせる必要は微塵もない。
100円、200円、300円とか色々ある中でストレス発散が主題の場合、僕は200円が適切で、100円は安過ぎるし300円のを回してる人を見かけるとその豊かさに目が眩む程、高く感じる。
そもそも最近100円のガチャポンあんまり見かけないけど気のせいだろうか。
そんな事を考えていると思い出が蘇ったのでここに書こうと思う。

幼い頃の娯楽はガチャポンかカードダスだった。
当時はカードダスが1枚20円だったし、カードダスじゃなくて駄菓子屋などに売ってある束の中から一枚引くブロマイド調のやつも20円だった。
そのブロマイド調のやつを欲しいのと間違えてジャニーズのブロマイドを千切ってしまい、欲しくもないSMAPの写真を呆然と眺めた思い出がある。
当時僕の小遣いは週100円だった。週の予算の五分の一を無駄にしたショックは大きかった。
それを損して得取れ的にちょっと好きだった女の子にプレゼントしたら「香取くん以外いらない」と捨てられるという追い打ち付きの出来事もあったりした。
それを更に上回る高い買い物だったのがガチャポンだった。
ガチャポンをやる週は何の駄菓子も買わずに過ごした。金曜日の放課後、1週間の行いを振り返り「神様は見てくださっている」という訳解らん善良であったという自己評価とそれが報われるイメージを高めてガチャポンをした。
目当てが当たる事は稀だったけれど、大きく期待を損ねるものを引いた事も無かった気がする。(そう思わないと1週間が報われないという気持ちが麻痺させたのかも知れないけれど)

そんなガチャポンの記憶の中でトラウマめいているものが一つだけある。
そのガチャポンはまさかの200円、しかし折りたたみ式の金属製の龍が刻印された警棒みたいなものが当たるとあって全男子の心に火がついた。
田舎の売店に並ぶゴテゴテした龍の十手や剣のキーホルダーみたいなものを想像して貰えると良い。
それ欲しさに僕の周囲ではその200円のガチャポンに挑戦する者が後を絶たなかった。
そんな子供たちを迎え撃つそのガチャポンは店主の手によりハズレが大量に投入されており、無駄に大きなスーパーボールや、お前それ家にあったガンダムフィギュアだろみたいなものまで色んな物が挑戦者に襲いかかった。
僕は2週間友人たちの戦いを見守り、次々飛び出すハズレに「当たりの確率があがっているはずだ」という見方(友人以外が当ててる可能性をまるで考えなかった)をモチベーションに200円を貯めて金曜日の戦いに挑んだ。
友達の中では2番目に小遣いが少ない僕が200円のガチャポンをする、その博打ぶりに皆が応援してくれた。(応援されても所詮運なのに)
200円で僕が引き当てたもの、それはガチャポンのプラスチックのケースに丸められて詰まったSMAPのブロマイド10枚だった。忘れもしない中居くんが5枚。残りは草薙2の木村2の香取1。しかも丸まっているので物凄く反っていて見にくかった。
1枚20円のブロマイドが10枚なので200円分の価値は確かにある訳だけれど、そこに優しさを割く余裕があるならせめて男児向きの商品を入れて欲しかった。集合写真もなく、稲垣くんすらいない現実はあまりにショックだった。
帰り道、友達がずっと励ましてくれて「友達っていいな」と心の底から感じたし、例の女の子にあげたら「香取くんしかいらない」と9枚返された挙句曲がってる事を叱られて「僕がジャニーズになってもこいつにはサイン書かないでおこう」と思ったのをよく覚えている。

そんな経験を経て大人になった今、ストレス発散で200円のガチャポンをためらい無く回す人間になってしまった。
同じ200円のガチャポンなのにこのドラマ性・思い入れの無さ。
あの日の200円は今日の200円と本当に地続きなのだろうか。
悶々とする。が、良いのか悪いのかは解らない上に、これ以上オチもない。
その善悪の判断をこれを今読んでいるあなたにお任せする事で、オチの代わりにしたいのでまあ受け取ってくれたまえよ。
SMAPのブロマイドを引いた僕の気持ち、多分ここまで読んだのに何も得られない現実に対して今あなたが抱いてる感情によく似てると思うよ。

またー。