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性格の悪そうなBLOG

いちいち長いですが中身は特にないです。

思いついた事を思いついた順に書く。

 

R-1グランプリを眺めていて、その肌色率の高さに精神的に参ってしまった。
脱ぐという手段を講じる人たちは一様にテンションが高く、声も大きい。
脱いでる人はただそれだけで怖い。身体が締まっていようがたるんでいようが、脱ぐというメンタル的な強引さが怖い。
テンションが高いのも、徐々になら慣れる余裕があるのだけれど、せーので最初から高いので怖い。
声も最初からやたらと大きい。大丈夫、聞こえていますよ、と教えてあげたい。dボタンで「マイクがあるので聞こえていますよ」と伝えられたらいいのに。
声が大きい人は怖い。声のボリュームでマウント取ろうとしてる気がして怖い。
これらの合わせ技が脱いだピン芸人だと僕は思っている。
彼らは腕力と瞬発力でこちらの判断力を奪う事に長けている気がする。
ゴリゴリと押し切るのが一番強い、小学生の頃から結局変わらないのだなと言う微かな絶望がある。
僕は大上君と言う、とても賢いクラスメイトが書いたクラスメイトが登場するコミカルな小説が大好きだった。
でもクラスで一番面白いとされるのは、テンションが異常に高く、声が大きくてすぐ脱ぐ奴だった。
何だかその違和感を思い出した。
ただ、僕は素人なので芸そのものの良し悪しが解らないし、批判しようという気持ちも無い。
こういう暗い性格の人間からするとそう感じたという意味で書いている。
ラストシンデレラで三浦春馬の半裸をいちいち賞賛しもっとやれと囃し立てていたのでまるで説得力が無いという自覚はある。
今回もR-1グランプリの放送中に流れたR-1ヨーグルトのCMで寒中水泳をする異国の人々に担がれる加瀬亮を見る度に「お前も脱げよ」と思っていたし。
最後の2行は本当に書かなくて良かったやつだけど、まぁ思いついた事を思いついた順に書くってタイトルにも付いてるから書く。


あと、外食に行って100gで2000円の肉を注文するよりも、スーパーで100gあたり1000円の肉を買う方がハードルが高い気がするのは僕だけだろうか。
提供された物を焼くだけの外食なので、家で自分で焼いて食べるのと調理における条件は同じなのにどうしてだかスーパーの方がハードルが高い。
外食は一緒に行った人と共有している場の空気みたいなものを楽しんでいるから高く感じないんだろうか。
スーパーで肉を前に盛り上がった事など無く、ついついレジで支払う金額のことを考えてしまうのでこの説を推したい。
ただ間違いないのは、どっちも普段食べている肉よりとても美味しいという事実なので、どっちも心から楽しめる人間になりたい。


そう言えば、何故かZINEやあらゆる個展の情報を僕にばかり勧めてくる上司がいる。
芸術が好きですとか一言も言った事が無いので、恐らく「こいつはこっちの沼に来そうだな」と思われているのだろう。
芽がありそうだな的な意味合いでこういう勧め方をされる物事がアクティブなものだった試しが無い。
「野球やってました!」とかアピールしても文化的なものばかり勧められる。
「最近、筋トレしてます!」と宣言しても切り絵の個展に連れて行かれそうになっただけだった。
社内には自転車やウインタースポーツを嗜む人もいるが、一向にそういう人から誘われない。
理系なのに文系に見える人生を歩んできたし、体育会系なのに文化系として扱われる人生を歩んでいる。
人生の選択と言う選択を全て間違えて生きているのかも知れない、もしかしたら全部逆を選んでいたら今頃はサードウェーブコーヒーを太陽の様な笑顔でお客様に提供する生活を送っていたかも知れない。
どっちが良いのか全然解らないけれど、そういう人に対して憧れと微かな劣等感を抱いてしまうのでそっちはそっちで良かったのかも知れないな、と誘いを受ける度に考える。


またー。