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性格の悪そうなBLOG

いちいち長いですが中身は特にないです。

思いついた事を思いついた順に書く。

180センチ台の色白細マッチョが好みと入社当時豪語していた後輩が、その5年後である現在「ラーメン屋で替え玉しても何も言わない男がタイプ」と言うまでに地に足を着けて、というか埋めてしまっており、その超現実路線から今度は本人ではなく周囲が目を逸らしてしまいたい気持ちに駆られるという状況に陥っている。

どうにか幸せになって欲しい。

最近好きなアーティストは夜の本気ダンスらしくて、何かその日本語としての響きが何とも言えない装飾を施す。

後輩によるウリナリ社交ダンス部級の本気ダンス。昼休みに婚活パーティーの潜入記事をスゲー読んでた。

ディッキーズを履きこなす180センチ台の色白細マッチョ(彼女募集中)が都合よく彼女の前に落ちてきますように。

 

シャツの第二ボタンが開けられる人及びそれが似合う人に一定周期で憧れる。

完全に最近書いた手ぶらで出掛けられる人と同じ穴に属しているので詳しく書く必要性を感じない。初めてこのブログに辿り着いた方でいまいちイメージが湧かない方は2、3件遡って日記を読んで欲しい。サマソニの感想日記の冒頭で書いている。安心して欲しい。広告収入など得ていないのでいくらクリックしても僕には何の得もないし、あなたも時間を無駄にする。これを負の連鎖と呼ぶ。案外みんなソレが好きなのですぐ慣れると思う。

要因を振り返ってみれば、振り返るまでもなく存在を感じる具合でハッキリしている。

大阪で生まれ育つという事はミナミの帝王の再放送だったり、吉本新喜劇のチンピラだったりを度々目にする訳で、その辺で第二ボタンを外すことの「だらしない」以外の印象が培われる気がしている。何だか自由で、ワルくてカッコイイのだ。

これが第二ボタンを開けられる気の強さと相まってたまんないよねって感じなのだけど、残念ながら驚く程に似合わないので鏡の前でものの3秒で挫折している。

見慣れないだけかな、と思うものの、何度試しても生活感が伴わない。着られている感を一瞬で醸し出す事が可能だ。

心の何処かで「これで大丈夫だよね?」と不安を抱えていると、どうしても自信のなさが滲み出て似合わなくなってしまう。

精神病院の入院患者がカラーコーディネート的にも組み合わせ的にもぶっとんでいる服装で歩いていても本人が全く意に介さない為に自然に似合って見えるという話を思い出す。

当然として着ているものと自信が無いまま着ているのとでは随分と差があるのではないかと思った。

それにしても未だに自分に比べてヤンチャな思考回路や出で立ちに惹かれすぎではないか。もしかしたら思春期が終わっていないのかも知れない。

あんなこといいな、できたらいいな精神で憧れは尽きないんだけど、いざ取り入れる為に積極的に努力しているかと言えば、特にしていないので隣の芝が青い理由を知りながら、とりあえず良いなと言うだけ言って自分の庭でゴロゴロしている。憧れの中には娯楽としての憧れがあるのだなと最近よく思う。

本当になりたい自分は、結局こんな感じでは書けない所にいるのだろう。

憧れるシリーズはまだまだ沢山あるので、今後も憧れていこうと思う。

次回の憧れシリーズは「合コンで職業Jリーガーと偽る男」の予定です。ご期待下さらなくて良い。

 

そう言えば、共働きの家庭において、自分が相当良いものを食べているという自覚があり、感謝をしている。

それはエンゲル係数彦摩呂くらい高いとかイカリスーパーでしか買い物をしないとかそういう意味ではなく、バリバリ共働きの二人暮らしの家庭にも関わらず、奥さんが野菜を念頭に置いた夕飯を作ってくれるという意味で良いものを食べているという事だ。

家事は比較的分担出来ているし、週末の買い物などは一緒に行くのだけれど、夕飯だけは勤務時間的にどうにもならない事が多く、基本的にお任せというか頼り切っている。大変有り難い。

会社の同僚などと話していると、キッパリお金を稼ぐ担当、家を守る担当と分けている家庭もあり、それが機能しているならそれがその家庭ではベストな選択なんだろうと思うのだけど、ウチとは全然違うんだなと感じて興味深い。

自分の家庭の方が優れているなどとは微塵も思っていないし批判的な物言いに読まれると心外なのだけれど、上手く機能していれば何でも良いのだと思う。他所は他所、ウチはウチというか。

例えば、イクメンという存在などは、確実に物足りなさを感じている層がいるから持て囃されているのであり、しっかり何らかのバランスが取れて納得していれば存在が周知されていても特別視されない気がしている。(イクメンの生活スタイル自体が素晴らしい事は完全に同意するとして)持て囃されている存在よりも、機能しているかどうかが大切なのだと思っている。

なんか話が逸れたのだけれど、奥さんの功績は直接感謝するに限るので割愛するとして、感謝出来る土台を自分が持っている事に感謝しても良いのではないかとふと思った。

例えば奥さんが野菜を意識した夕飯を作ってくれる事に感謝出来るというのは、自分が独り暮らしをした際にしっかり自炊して野菜を日々食べる事の難しさだったり、自炊そのものの手間だったりが身に染みているから生まれる感覚だと思うので、経験しておいて良かったなと、疲れても自炊しながら暮らしてきたのは無駄では無かったのだなと少々誇らしく感じている。大袈裟な話ではないので誇らしいという程でもないんだけど、まー良かったねーくらいの。

ただ現実問題としてそんな感じで頼り切っており、お弁当作りでしか料理をしない週も多いので確実に料理の腕が鈍ってきている。

茶色い創作料理崩れの日持ちするオカズしか作れなくなってきており、海原雄山に殴られた挙句クッキングパパに無視されるレベルに堕ちつつある。

使わない技能はマジで錆びるので、もう少し機会を確保しなければならないと思う。

 

またー。