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性格の悪そうなBLOG

いちいち長いですが中身は特にないです。

思いついた事を思いついた順に書く。

 宅配ボックスとの距離感が掴めない。

先日は炊飯器との距離感が上手く掴めないという趣旨のエントリー(と称すると実にはてブっぽいのでカッコイイ)を書いたので、まぁ我ながら忙しいというか器が小さいというか。
とりあえず、宅配ボックスと言うものに対する感覚が「便利過ぎて怖い」と言うもので、怖さの部分がジワジワとロボットに支配される人間的なハリウッド映画風に育っていて戸惑いを隠せないでいる。
これまでの人生は、不在票と再配達の戦いだった。
とは言っても実際に戦っていたのはわざわざ再配達に応じてくれる配送業者の方でこちらと言えば荷物が届くのをぼんやり待っているだけだった。
まずこの関係はコンビニ受け取りが可能になった事で自分の中で変化が生じた。
コンビニに荷物が届くというのも最初は不安があったのだけれど、自宅への再配達よりも受け取る時間が自由で便利だったのにすぐ慣れた。
それにコンビニのアルバイトと言う細かく色々な作業がある仕事をしているスタッフが対応してくれるのだから、下手すれば自分が受け取るよりも安心なのではと言う気がして、軽いものなら全てコンビニで受け取る様になっていた。
話は逸れるのだけれど、大学時代の交友関係にあった留学生は皆、コンビニでアルバイトしていた。
たどたどしいにしても全く不備がない日本語と、あらゆる業務をそつなくこなす彼らの意欲に対する尊敬が凄かったのもコンビニ受け取りの順応に一役買ったのかも知れない。
ちなみに一番好きだった留学生はキャンパス内でフランクフルトの串を咥えている姿を頻繁に目撃した中国人で、28歳くらいだったろうか、必殺仕事人でも観て感化されたのかなと思うも直接尋ねる機会も無く帰国してしまった。
彼には飲み会でELLEGARDENを聴かせた事があり、自虐調の歌詞(例:Space Sonic)に自分を投影していると思われた様で(事実投影していたのだけれど)スゲー泣きながら「お前はもっと自信を持って良い人間だ」と泣きながら手を握り説教をされた事がある。
親にも泣きながら怒られた事が無いのでリアクションが上手く出来なかったけれど、とても嬉しかったのを今でも覚えている。
彼は帰り道、深めの側溝に落ちて骨にヒビが入っていた。
あとNIRVANAが好きでよく歌っていた。人の事を励ます前にお前こそ感情移入してんじゃねぇかと思った。
後に知り合いではないもののtwitter上にNIRVANAを熱唱する中国人の動画を発見し、中国の人たちはNIRVANAが好きなのかも知れないなと思った。
逸れると前置きしていたとはいえ逸れ過ぎの感は否めないけれど、話をグイッと戻す。
引っ越した先に鎮座していたのが宅配ボックスだった。
暗証番号すら不要で、家の鍵で開くという便利な代物は、3日放置するとさっさと引き取れとメールを寄越すというこちらのキャパを完全に超えてくる全能さだった。神話の登場人物ですらもうちょい隙があるぞ。インド見習えよ。
これが、完璧に仕事をこなすのだけれど当然の様に出来すぎる為にどうにも冷たい印象を受ける。
そして中に保管されるものがCDだったり衣類だったりからはじまり、クレジットカードまでが放り込まれるという配達員から全幅の信頼を勝ち取っているのが怖い。
クレジットカードなどは誤配や誤作動で別人の手に渡る事を考えるとあまりにも恐ろしいのだけれど、配達員と宅配ボックスには完全な信頼関係が成り立っている。
ただでさえそこに割って入るというのは難しい上に、何よりこちらが不在である為に宅配ボックスを頼るという後ろめたさもある。
こうなってくると自分の噛ませ犬感が凄いのでステージに上がるのすら躊躇われる。少女漫画の噛ませ犬は颯爽と登場するも微塵も勝ち目を感じない。颯爽とすら登場しなかった自分はどうすれば良い。困った。
僕の記憶に燦然と輝くBEST OF 噛ませ犬と言えば須王銀太fromママレード・ボーイなのだけれど、思い返すとそんなに噛ませ犬では無かったというショックが大きい。
そもそもママレード・ボーイの何が凄いかと言うと、主人公と彼氏の両親がそれぞれの両親とくっついて挙句に子供まで生むという人間を辞めないと思いつかなさそうな設定が鎮座しているせいで、他の作品ならば主軸に据えられるであろう「血がつながっているかも知れない恋」も「先生と生徒の禁断の恋」も霞んでしまう所だ。
どんなに盛り上がっても「でも御両親ぶっ飛んでますもんね」であたかも普通の出来事の様に感じられ、そこが小学生ながら辛かった事をよく覚えている。
その中において銀太はと言えば物語への貢献度をどれだけ再確認してもパンチ力が足りず、幼心に噛ませ犬認定してしまった様だ。完全に被害者。ごめんな銀太。
未読なので言及出来ないが、続編ではこのぶっ飛んだ両親が生んだ子供たちが恋仲になるという文字だけ追えばディストピアな展開らしく、手を出す勇気が出ないでいる。
作者である吉住渉の何が恐ろしいかと言うと、このとんでもない設定を漫画に描くとお茶漬けばりにサラっと読ませてしまう所。
一方で「ミントな僕ら」ではシスコンを拗らせた弟が女装して双子の姉が通う学校に入学するという設定が登場するも、シスコンっぷりの失速が素晴らしい。この読者に気付かせず巧みに急ブレーキを掛けられる様は感動的ですらある。
ママレード・ボーイとは逆でトンデモ設定を完全に忘れさせる魔法を吉住先生は使っている。
このどちらもお手の物と言う感じが、アラサーが未だに吉住先生を忘れられない理由なのではないかと思っている。
ちなみに僕が好きなシーンは読者人気が無かったが色々あって同情票を集め出していたのに奔放さを取り戻した姉のまりあに主人公ののえるが「折角同情票が集まって来ていたのに」的な説教をするシーンなのだけれど、前にこのブログに書いた気もする。
だけれども、まりあ的に自分に素直に生きるとすれば、そんなことは知ったこっちゃない。きっと3年後また同じ事を書いていると思う。
主題が途中ですり替わっているんだけれど、吉住先生の漫画を買って宅配ボックスに届けて貰えば万事解決なので気にしないで良い。

 

またー。