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性格の悪そうなBLOG

いちいち長いですが中身は特にないです。

千尋の谷に架かる虹のはじまりに煽りスタンプ既読無視。

雨の日の帰宅途中、「赤ちゃん乗ってます」的な標示を掲げたワゴン車に背後から思い切り水をぶっ掛けられて思わず「わー!!!」って声が出てしまった。

最近率先してその手の標示を掲げている車を見かけない気がしていたのだけれど、赤ちゃんが乗っているという自己申告をしながら雨の中完全に速度超過し、ついでに地元のヤンキーが如く水溜りに群れていた水を夜回り先生ばりにコチラへ散り散りにぶっ飛ばしてくるというのはどう言う了見だろうか。

子供に罪はないのだけれど、子供の存在を声高にアピールしてくる大人はどうしても子供を盾にしている印象しかない。ドラクエかよ。ここで装備していくかい?

漫画の様に水をかぶってしまっても犯人はとっくに遠くまで走り去っているのがまた何とも腹立たしい。ぶつからない様に自動制御出来るなら人に水を掛けた瞬間アラームが鳴り響き走行不能になる技術だって誰かが開発しているハズだ。どうした。早く標準装備してくれ。

こんな時、それこそ漫画ならイケメンか美少女が笑ってくれるんだろうけども、こちとらアラサーからもそろそろ外されアラフォーとの谷間世代に突き落とされんという妙齢である。

所属欲がかなり重要な昨今、千尋の谷はここにあるのだと全国津々浦々の獅子の皆さんにお伝えしたい。我が子突き落とすなら30代半ばから!晩婚も進んでますしねぇ!急に何だこの口調。

 

SuiseiNoboAzの「liquid rainbow」を繰り返し聴いて、頭の中で東京に漠然と憧れる都外の高校生の気分になっている。

リキッドレインボウは本当にやって来るのか、リキッドレインボウは本当に助けてくれるのか、リキッドレインボウはカルトなのではないか。

リキッドレインボウはノアの箱舟で東京で生きることがその乗船チケットならば生まれが才能というのが単なる事実になってしまう。

上京に夢があると可視化されてしまう。

犇いて、蠢いて、群れて、擦り減らしている満員電車の様な都市。

それが出て行けなかった者の僻みからくる妄想で、結局、選択肢で溢れたテレビの中の様な街で暮らすことに憧れているという答え合わせになってしまう。

だけど、東京に住む人たちは下から見上げるしか出来ない。

リキッドレインボウの全貌が見られるのは遠く離れた場所に住む、才能が無い自分たちなのだ。どこから始まって終わるのかは、東京に住まない自分たちだけが見られるのだ。

「リキッドレインボウがやってきて俺たちみんなを助けてくれる」

ねぇ、助けて貰えるのはどっちなんだろうね?

本当に、本当は。

とにかく、聴く人の中での東京の位置付けがどんなものであるかで全然違う映画が一本出来上がりそうなリード曲で、アルバムだと思う。

東京生まれ東京育ちの中にあるリキッドレインボウは僕には想像が出来ないし、同時に僕の中にあるリキッドレインボウもまた、彼らには決して理解出来ないはずで、それはとても素晴らしい事だと思った。

尺的にも丁度良い長さで、ボンヤリと都市部に出て行く時などに聴くのが特に好きだ。

まだまだ聴いていきたい。

 

それはさて置き、LINEのスタンプを全然使わないというのにストレス発散という名目で3件購入してしまって途方に暮れた。

どれもこれも煽り用として効力を発揮しそうなものばかりで、送る相手が非常に限られる。

僕がこれまで購入したスタンプはアーティスト公式の半グッズの様なスタンプか煽り用に用途が大いに傾斜がついたものの二択で、世間で使われる可愛らしさと敬語を両立した作品は一切持ち合わせていない。

そういうスタンプを購入出来る人は素敵だと思う。金出して敬語買うんだぜ?どんだけ育ちがいい&コミュニケーションに労力を掛けているんだって感じだ。悪意なく心底尊敬しているし、尊敬しているなら倣わねばならないというのに一切真似出来ないで暮らしている。

買う気になれない。

その為、スタンプがあるのに送る訳にもいかない内容ばかりなので控え、結果的に常に能面の様なメッセージで人とやり取りする事になる。

そう言えば能面女子の花子さんという漫画があるらしく、読んでみたい。読んでみたいだけなので言及したものの掘り下げる余地が一切無い。何でこの状態でトピック扱いして書いちゃったんだろう。もう少し冷静になりたい。

まあそんなに人とやり取りもしないのだけれど、使えもしないスタンプを買ってしまうのは何故なんだろう。

ムシャクシャした気分の時に購買意欲が最高潮になるのがそもそもの間違いなのだと思うけれど、この購買意欲を他に向けても同じ様に使い道のないものを手に入れそうで、ならば小銭程度で済むLINEスタンプはかなり優秀なのではなかろうか。

そう思い込む事で自分を慰めている。

 

またー。