性格の悪そうなBLOG

いちいち長いですが中身は特にないです。

大森靖子さんの「超天獄ZEPP  TOUR」の雑感とも呼べない自分ルーツ語り若くは四天王の軌跡を辿る日記。

朝から仕事をこなし、午後休を取得。

仕事が押してライブ開演に間に合わないと、この年度末に怒涛の働きを見せた自分のモチベーションが地の底まで落ちてしまう。

そんな理由だけで午後休を取得したので、暇過ぎて結果カフェを2件ハシゴした。

カフェを2件ハシゴ、と言うとオシャレな響きだけれど、難民になった結果ハシゴに至ったので全然洒落ていない。

1件目は横でマネタイズだフェクトだ金髪ツーブロックのお兄さんがデカい声で通話している席を選んでしまい、その手の用語を連呼されるとうすた京介先生のピューと吹くジャガーに登場した白川高菜さんのセリフ「イトイをシゲサトして…」を何故か思い出してしまうのもあって30分も耐えられずに退店。

2件目は芸能ニュースに一生怒っている人がいて、人が怒っているのを聞いたり見ると疲れてしまうのでこれまた30分程度で何の回復も出来ずに退店。

普段の生活圏の梅田であれば「ここはマルチの勧誘を聞かされがち、ここはノマドみたいな人が多いので席が空かない、ここは老人の憩いの場で会話がスピりがち」など個人的に苦手な客層のハザードマップみたいなのが無意識に形成されていて、今となってはそんなに苦労する事がないのだけれど、難波は全く土地勘がないので経験値も皆無。それ故にこういう事になってしまうのだなと思うと共に、スタバの「どこに行っても得られる安心感」に畏敬の念の様なものを抱いた。

そんな風に折角休みを取って万全に乗り込める筈のライブに良い感じにHPを削られ、急患です!という勢いでライブハウスに駆け込むはめになった。

ご愛嬌も過ぎると不幸だろ。

 

2023/03/15 大森靖子「超天獄ZEPP  TOUR」(@ZEPP NAMBA

ZEPP OSAKA BAYSIDEで開催される予定だったものがメンバーのコロナ感染により延期になってしまった振替公演。

延期そのものと、「大阪で一番大きなライブハウスに大森さんが」と喜んでいたのにキャパ落ちしてしまった無念さもありつつ、首を長くして待っていた。

ちなみにそのベイサイドにはアークティックモンキーズが来日公演をしており、いやライブハウスでやって良いクラスのバンドじゃねえだろとビビりながらも大学生の頃から聴き続けているのもあってそれを観られる人も羨ましい(後に見かけたセトリが解釈一致しており、より羨ましくなった)なと思った。

奇しくも大阪最大級のライブハウスを両方とも好きなアーティストが埋めるという記念すべき一日になっていた。

先行の通常席のチケットを買ったらどセンターの6列目で、目の前に大森さんというポジション。

6列目なのでバンドメンバーも綺麗に視界に収まる、どう考えてもSSS席チケットだった。

 

今回のツアーの共演者として結成されたサポートバンド通称「四天王バンド」に準えて祖父母を「四天王」と位置付けて祖父母の中での最推しのエピソードを紹介し、祖父母とそのメンバーの存在に感謝するというコーナー(文章にするととち狂っている)がすごく良かったので、真似することでライブの雑感に代えさせていただきたいと思う。え、何で?

このブログを四天王で検索をかけると祖父母をそう呼んでいる記事が引っ掛かるのではないかというほど普段使いしている表現なので、解釈の一致過ぎて嬉しくなってしまっただけなので(検索をかけるとヒットしなかったが、「四天王が全滅している」という表現が良くなかったようで公開を取りやめているものを1件発掘することに成功した。2019年の自分の方が表現について真摯に判断が出来ている気がする。人に四天王全滅しているというとまあまあな確率で叱られる。怒られるうちが華ってな)、あぁ間違ったリンク踏んでしまったな、と思って頂いて諦めて貰えたらと思う。

僕の祖父母こと四天王は先述の様に全滅しているんだけれど、かなりキャラ立ちがしっかりしているが故に四天王と称してしまう方々だった。

まず父方の祖母。

祖母が少女時代、戦中か飢饉的な事が起こったかで村の皆が生きるか死ぬかという瀬戸際の様な状況にあったらしく、それを無視して豪奢な生活をするお金持ちの家の蔵を襲撃して穀物を強奪するという騒ぎがあったらしいんだけど、その斬り込み隊長が祖母だったらしい。ジャンヌダルクみたいな事すな。

エネルギーの塊の様な祖母は孫である僕にそれを過去のヤンチャエピソードとして聞かせてくれたんだけど、孫としてはこの手の話はせめて叔父くらいのレベルで聞かせて欲しかった。

祖母ってそういう話を聞いて『あの時は本当に大変だった』って呆れる役割だと勝手に思い込んでいたので、それを含めて衝撃的だった。自分の父親が「その話すんなよ」って苦い表情をしていたのを見た。祖母よ、息子の方が常識的だわ。どうやって育てた?

聞かされた僕自身は普通に引いていた。お金持ちの人たちも酷い目にあったものだとドン引きしていた。そのお陰で命を繋いで結果自分が生まれたというのに。

その有り余ったエネルギーを持って戦後に大阪へ乗り込んで来た祖母は縫製関係の会社を立ち上げ、人を沢山雇い成り上がっていったらしい。

幼少期、祖父母の家は環状線大阪駅から数駅の駅近にあり、最寄りの交差点の4つ角に3件がコンビニという超都会にあったことから、それがホラでなかった事が大人になってから納得いった。

子供の頃は交差点に連れて行ってくれて「どのコンビニに行く?」と聞いてくれるのが嬉しかったので大変に感謝している。

大森さんの今回のライブでいうと「TOBUTORI」みたいな人。

 

続いて父方の祖父。

この人は高身長のイケメンで地元で大変に有名だったらしいんだけれど、マジで穏やかで寡黙を通り越して何を考えているか解らない。

祖母曰く「存在感はあるが何一つ出来ない」という評で、与えられた仕事は完成した服を配達するのみ。ショットワークスにすら掲載されない次元の単純労働。

それなのに究極に真面目な性格だったのか謎の拘りだったのか、常にスーツにハットに革靴で徒歩で配達をしていたらしい。

免許を持っていないので徒歩と公共交通機関でお客さんの元に向かい、何なら自転車にも乗っていなかったらしい。

どんな暑い日にも雨の日にも正装で配達する祖父を祖母は「謎過ぎる」と見ていたそうだが、僕にはそれが照れ隠しだったと解っている。

祖母は、高身長のイケメンに自分が仕立てたスーツを着せて嬉々としていたはずである。

間違ったことも言わず(喋らないから)、問題も起こさず(喋らないから)、客先に製品を着こなして出向く見栄えする男。

専属の歩く広告としてかなり頼りにしていたんじゃないだろうか。惚気で金を稼ぐ才能が凄い。カップルユーチューバーかお前ら。

亡くなる前に病室で「退院したら自伝を書きたい」と教えてくれたのに対して「死亡フラグやめな?」と思ったと同時に「この人から世界はどう見えていたのか凄く気になるなぁ」と楽しみにしていたのを思い出す。

不器用だった祖父には「蒼夜ミルキーロード」が似合うなぁと思う。誰よりもお洒落である事に本気だったし。

 

家系図の逆ブロックへ移して母方の祖母。

母方の祖母は、四天王の中で一番早くに亡くなってしまった。

四国の名家で生まれた祖母は、祖父と駆け落ちして大阪に出てきたそうで、儚いというか、線の細くて慈愛に満ちた人だった記憶がある。

小学生の頃の僕はそんな優しい祖母が大好きだったので、亡くなった時にはショックを受けた。

母は5人兄弟で、母を除いて全員が東京リベンジャーズの登場人物みたいなハジケリスト(feat.ボボボーボ・ボーボボ)だったし、祖父も後述するが相当だったので苦労も多かったと思うんだけど、その中でもその価値観を崩さずに全員をしっかり独立させた凄い人だ。

お嬢様だったものの、大阪に出てきてからはずっと貧しくて苦労したそうだけれど、それでも娘である母曰く「小さな幸せを見つけられる人だった」とのこと。確かに何をしても、何ならうどんを啜っているだけでも喜んでくれた記憶がある。

中学生の頃にムーミンを読み始め、ムーミンママの博愛っぷりに思春期の僕は「こんな奴いないだろ」と思っていたけれど、お墓参りに行った時に「あ、実在したわ」と思たのでお墓参りって意味があるなと思ったし、最近は祖母を思い出すと何故かヒロアカの初代ワンフォーオールに繋がってしまうので祖母のcvは保志総一朗という事になっている。おばあちゃん、何かごめん。

「愛してる.com」を聴いた直後に四天王ありがとうコーナーが始まったので、真っ先に母方の祖母を思い出した。

おばあちゃんに似合ってると思う。

 

最後は母方の祖父。

彼は嵐の様な人で、父方の祖母と違う意味でド派手だった。

祖母と駆け落ちして大阪に出てきてからは、関西で当時数人しか使えなかった重機を扱える人材として大いに活躍したらしいけれど、酒と宗教と女と子沢山の為にずっと貧しかった模様。

病気で祖母を亡くしてからはその自由奔放、縦横無尽さにブーストが掛かり、団地の植え込み部分で勝手に農作物を育て、トマトやスイカを届けてくれるなどした。後にニュースの特集で祖父と同じことをしている人が取り上げられていて「あ、やっぱりダメな方法で育ててたんだな、何が『ドアtoドアで畑』だよ。トマト美味かったけども」と思った。

そこから始まり、宗教で信者の女性に手を出しまくり、サークルクラッシャーの様なムーブを繰り返していたそうで最終的に宗教を破門されるという事態に発展した。

それまではお盆や年末年始にお寺に連れて行ってもらい、甘酒やお菓子を貰うのを楽しみにしていたけれど、色んなお婆さんたちに可愛がってもらえていたのはどうやら祖父が手を出していた女性たちだったのだろうと思う。

祖父は僕すらも飛び道具にしていたし、女性たちもポイント稼ぎに使っていたんだろうな。楽しかったから良いけども。

そこで出会った女性と同棲し、最終的に遺骨を持ち逃げされ、いまだに見つかっていないという始末。映画みたいな終わり方すな。

ていうか救いを求めるはずの宗教で修羅場を多発させんなよ。歩く地獄。両面宿儺のモチーフっておじいちゃんだったの?呪術廻戦0通り越して−1。

まぁ最近その宗教が世間を賑わせる2大新興宗教の片方であることが解って、何の勧誘も問題もなく両親や僕が関わりなく過ごせているのも祖父が破門されたお陰(そもそも入信すんなよ無関係な自分は思うけど、必要な人には失礼な物言いで申し訳なくはある)なのだなと思った。

自身から一番遠く、高校生になってからは反面教師にしていたものの、何というかその自由さに憧れるというか、メンタルが強靭過ぎてトップアスリートと同列に並べてしまっている自分がいる。

自分の想像の遥か外から突っ込んでくる祖父には「怪獣GIGA」を添えてあげたい。花供えてもしゃーないし。

 

そんな祖父母に育てられたにしては(?)かなりマトモに育った両親の元に生まれたのが自分である。

感謝もしているが、何にしても四天王に比べると兎に角キャラが弱くて自己嫌悪に陥る。両親も同じような気持ちだったのか聞いてみたい気もする。

僕は祖父母を思い出す時に「彼氏彼女の事情」に登場する「下北の四天王」を思い出す。(祖父母四天王呼びと同じくらい「下北の四天王」が大好きなので、このブログを検索すると3件くらいヒットする。好き過ぎか)

そのカレカノの中で地味めな瀬名りかさんが「周囲の友人たちが本当に凄くて自分は普通過ぎる」という告白をする話があって、それが大好きだし、その瀬名さんも滅茶苦茶とんでもない才能がある事に未だに励まされている。瀬名さんが特に好きなキャラなのはそういうのが大きい。

自分もそうであって欲しい、何かしらの才能があって欲しいという気持ちもある。

こんな才能なら要らなかった、才能と褒められて、信じてやってきたという部分が大森さんの今回のライブのMCに刺激されて涙腺にきた。

「魔法使いは二度死ぬ」は僕にとってそういう曲だ。

何かしらの才能が自分にもあると思うし、それが自分が欲しがった類のものか判らないけれど、それと付き合って、上手く発揮していくしかないなぁと改めて感じながらライブを観た。

 

あれだけ良いライブで、こんな謎な感想文を書いている自分は何なんだろう。

でも四天王を思い返してルーツを想ったり、きっと得られるものはあったんで。

読んでる人には何もなく僕だけだけど、励まされたのは間違いないのでそういう事で。

Tokyo black holeに吸い込まれた先にある生活をKintsugiで繋ぎ合わて超天獄に達した続きは自分次第。

大好きな「超新世代カステラスタンダードMAGICマジKISS」を聴かせてくれたこと、「オリオン座」を合唱させてくれたことを糧に中間管理職は頑張ってやっていきます。

 

またー。