性格の悪そうなBLOG

いちいち長いですが中身は特にないです。

ルックバックとNY

『ルックバック』を映画館で観た。
1時間を切る作品なので、2時間越えに慣れてしまったせいか短いなぁと思っていたけれど、これ以上なく濃密で、50数分に全力で、無駄がないだけ丸ごと喰らってしまう素晴らしい作品だったと思う。
藤野さんと京本さんという漫画が好きな2人が、お互いを必要として、お互いを救い合う物語だと原作を読んだ時から思っていて、映画でもやっぱりそう感じた。
あまりネタバレを書きたくないんだけど、藤野さんが電話でアシスタントの話をしているシーンが地味に誰よりも京本さんを信頼しているのを感じて物凄く愛おしかった。
ここの演技が凄く良くて、苛立ちとか諦めとか、欲している気持ちとか全部うまいこと出てる感じでとても好きだ。
人からの評価と自分の才能をきちんと目算して磨き上げていく藤野さんと、対人関係から逃げながらも藤野さんの背中越しに世の中と向き合えるようになっていく京本さんがお互いを求めているカットが沢山あって本当に素敵だった。
1人で何者かになろうとしていた藤野さんがどんどん京本さんと2人で何者かになるんだと信じるようになっていく姿に感情を持って行かれた。
観ていた時よりも帰り道で泣けてきてしまった。
余韻というか、ガンとぶつかったものが後からジンジンくるという感じで。
良い映画だった。


「何者かになる」という意味で『ルックバック』とかなり異なる位置にあるものの、帰り道で思い出した作品がある。アマプラで『ホームレス ニューヨークと寝た男』というドキュメンタリー映画を前日に観ており、その内容を思い出していた。
この作品は、住む家を持たずに華やかな世界で活躍しているファッションカメラマンの密着かと思っていたんだけど、完全に予想が外れ、鑑賞するにおいて調べなかった事を物凄く後悔するほどに現実がクリティカルヒットしてくる作品だった。
一見華やかで、夢を叶えて自由に活躍している様に見える誰か、「何者かになれた人」だと思っている誰かが何者にもなれておらず、更に本人の口から「自分は何者にもなれなかった」と語っている姿があまりにもキツ過ぎた。

夢を追う事も、自分の生活を第一に守る事もどちらも同じくらい尊いけれど、やっぱりSNSで煌びやかな対象を見ると「成功する」という事には憧れてしまう自分がいて、そんな自分が「こんな人でも何者にもなれないと告白するのに自分の様な者が…みたいな、思わず目を背けたくなる様な告白を聞かされた。
ただ、どうとでも偽れる世の中でそう打ち明けられる彼の凄まじさはやっぱり何者かになろうという執念を垣間見せるもので、そういった呪いにも似た情熱というのは鍛え上げられた才能と同意なのではと改めて痛感させられるものだった。
普段からNHKのドキュメンタリーを2番組、自動録画にしていて、海外のドキュメントを放送する「ドキュランドへようこそ」と国内のある場所を3日間観測する「72時間」なのだけど、キッカケは受信料を払っているんだし民放になさそうな番組が観たいなという邪なものだったように思う。
ただ、当たり前ではあるけれど誰かの人生の苦悩や喜びが剥き出しで映し出される特性上、観ていて落ち込む事も多い。
友人から「ドキュメンタリーは体力が削られるので元気な時にしか観てはいけないよ」と友人自身の経験による忠告を貰ってはいたが、周回遅れでその実感と納得を得た。
ドキュメントの過剰摂取で気持ちがダル重くなってしまうという。
用法用量を正しく守る、人によって適量が違うのも滅茶苦茶薬っぽい。毒にも薬にもなる的な、そういう付き合い方をして健康な状態で色々な問題や新しい価値観と向き合えるようになりたいと思う。


それはそうと、日々バタバタ生活していると「何か成さないと」という気持ちに囚われて疲れてしまうんだけど、そんな時に安藤ゆきさんの「町田くんの世界」を読むと癒される。
こんなに素晴らしい優しさを持ち合わせ、尚且つ人の優しさを引き出せる人間には到底なれねぇよと思いつつも、ほんの少し人に優しくしたいとか、人の優しさに素直になりたいとか思える素敵な作品である。
何やかんや、誰かが創り出してくれた作品や生き様そのものに触れながら暮らしているんだなぁ、と実感する。


またー。