性格の悪そうなBLOG

いちいち長いですが中身は特にないです。

ぬいぐるみと美しい男を買う。

アマゾンプライムビデオで北区赤羽の山田孝之を観ていて何故か松坂桃李を思い出し、その流れで映画「娼年」がそろそろ公開終わっちゃうんじゃないかと気付いたので観にいった。

原作を大学生の頃に読んでおり、普通につまらなかったので即ブックオフに持っていった思い出があったんだけど、映画は良かったと思う。

映画を観ながら単に文章から感情の揺らぎを読み取る能力がイマイチ低いのではないだろうかと思いながら観た。

ネタバレになるの以下、好ましくない方は読まないで頂きたい。

内容がそういう方の目に入らない様にする為に本筋と関係のない話を挟む。

どうやらこの映画、応援上映があるらしいのだけれど、一体どう応援するのか全く予想がつかない。あまりに想像がつかないので最近たまに観に行く阪神タイガースの応援から連想しようと試みるも「あとちょっと!もうちょっと!耐えろ!耐えろ!桃李!」とか「いーまだ!撃て撃て!イケイケ桃李!」とかそういう感じだったらどうしよう、皆でジェット風船をコンドームに見立てて膨らませて77分でラッキーセブン的な応援をしたらどうしようなどと考えてしまった。

物凄く興味深いんだけど、そんな所に興味がある人間が行く場でもないだろうしこのまま妄想の海にコンクリート詰めにして沈めたい。

で内容としてはキャスト全員、めっちゃ綺麗だったんですよ。身体の線が全員それぞれ個性があって、演技もグズグズだったら内容が内容だけに本当に目も当てられないぞとビクビクしてたんだけど僕は良かったと思った。

何と言っても松坂桃李が綺麗だったり、気難しく閉じた雰囲気だったりが過剰でなかったところが良くて、カッコイイなーと思いながら観た。閉じた心が少しずつ開いていく様に感動してしまった。

ただ地名がいちいちラグジュアリー感溢れる細いフォントでカットインしてくるのがいちいち説明して頂かなくても…という感じで、田舎者バカにしてんのか代官山に山があると思ってた上京当時の綾野剛も含めてバカにしてんのかと思うくらい邪魔だった。ロックマンのステージかよ。ロックマンで言う哲学好きな女性がボスのステージと、大事なガールフレンドがボスのステージが本当に泣けたんだけど、各ステージで隣のギャル2人がクスクスとウケると申告し合っていて感情移入し切れなかった。

後ろの男性3人は美しいAVを観に来ました!というテンションだった様で、これまたコソコソと意見交換をしており席に恵まれなかったという気持ちが強い。確かに美しいAVとしても通用する気もするが意見交換は居酒屋等で行って欲しい。ただな、僕もあの手のスピードと荒さはやり過ぎに一票だよ。

泣き声にも似てるし笑い声にも似ているなと思いながら喘ぎ声を聴いた。変に控えめにまとめず、SEXに始まりSEXに終わるを貫いた所も凄かった。この規模のロードショーで!?ってなった。

買い物などして帰ろうかと思ったけれど、しっかりめに楽しめたので満足してそのまま帰った。

 

それはそうと、時々、欲に負けてぬいぐるみを購入するのだけれど、家に連れ帰って先輩たちと並べる度にこんなに可愛く生まれたというのに30過ぎた男に買われてしまってこの子達は夜な夜な泣いていないだろうかと一頻り落ち込む。

ありとあらゆる漫画やアニメや映画に登場する人買いの富豪にキャスティングされてしまった気分である。当方、申し訳無さはあるが不純な動機はなく、ただ可愛らしい、家にいてくれたら癒されるという気持ちで迎えるに至っており、そのあたりをどうか汲んで頂いて、こんな人生も悪くないかと思って貰えたら幸いですと心の中で説きながらぬいぐるみを撫でている。

何が一番キツいってその一連の流れを客観視した時なのでそんな風に考えない様にした方が良いのは明白なのだけれど、思っちゃうモンは仕方がない。

トイストーリー3で玩具は子供に遊んで貰うのが一番の幸せみたいな展開を突きつけられ、完全に同意でもって滅茶苦茶感動してしまったんだけど「あれ?僕、大人じゃん?」ってなってしまい、それ以降この調子である。

せめて大事にするから、と唱えながら気に入ったぬいぐるみを引き続き買う生活を送り、一生を終えるのだろう。

ネガティヴが行き過ぎて何故か絶妙に切ない締め方になってしまった気もするのだけれど、可愛いぬいぐるみは最高である。以上。

 

またー。

最近の出来事並べただけのやつ。

慢性的にあんま元気もないんでお茶漬け的にサラサラっと最近の出来事を順不同で書くやつやりまーす。鮭茶漬けが好きー。

 

阪神タイガース戦を2度観戦に行く。

1勝1敗。

負けた試合において、野次を通り越して言葉の暴力を大声で叫んでいた阪神ファンがゲームセットした次の瞬間に物凄い元気のない声で「お疲れ様でした」と隣の見ず知らずの人に挨拶してそそくさと帰る姿を見て「なんだかんだ最後の瞬間まで勝ちを信じているのかも知れない」という説と「非日常から現実に戻る時間であると我に返ってしまったのかも知れない」の2説を思い浮かべるも、帰りの阪神電車が荒れるという話を聞き、ただ一時的に感情の谷間に当たるだけなんだと思い知る。

普段、鳴尾駅あたりまで歩いて同行者が調べてくれたお店でのんびり食事をしてから帰るのでその辺りの現実に直面することがなかった。今後も突発スラム特急に乗らずに済むよう、近場で食事するなどしつつ帰りたい。デメリットとして終電を逃す率が高いのだけれど、そこはまあ、金にもの言わせたいところ。

 

・聖地エルサレムは何故紛争の火種になるのか

という内容の講義に行きたいと奥さんに誘われ、友人を一人道連れにして万博公園にある民族博物館の講堂へ行く。

数年前、イスラエルパレスチナの問題について書かれた本を読んだものの上手く理解出来なくて、俺にはやらりエルサレムよりもエロイムエッサイムの方が向いているのだ、悪魔くんは最高だなと思っていたけれど、この度の講義で随分としっくり理解出来た。

感情を持つ生き物だから、どちらも平等に語ることなんて出来ないのだと思うし、それを講師の方から再度教わった気がしてそれも良かった。

 

・仕事の空き時間に初対面の歳上の女性にモテる為のプロデュースを受ける。

もっと自信を持ちなさい、パーマかけなさい、コンタクトレンズにしなさい、磨けばモテる様になるから。

この、モテないことを前提として(事実そうである事は否定しないが)頼んでもないのにプロデューサー就任をかましてくる行為はセクハラなんじゃないかと思いつつも、こんなことで言い返したって意味なんかないし、事実パーマやコンタクトという発想は無かったので若干感心もしつつ聞き流すことにした。空気を読むのだ。

この空気を読むという行為について考える時、どうしても「凪のお暇」という漫画を読んでネカフェで声を殺して泣いたことを思い出す。

主人公の凪という女性が「自分のポジションはマジで勘弁」と同僚に陰口を叩かれていたのに対して「私もそう思う」と思ってしまうところにあまりにシンクロしてしまって危機感を抱いた。めっちゃわかる。こんな人生マジ勘弁ってなる。

 

・遠くから仕事で関西に来ていたマジリスペクト的なお知り合いと17時から呑んだくれる。

2次会、3次会と重なるにつれ参加者も増えてくれて楽しかった。

話せば話す程に自分が感覚的にしか物事を考えていないという事実を思い知り、17時〜23時過ぎまでのうち半分くらいは己の野良犬っぷりに凹んでいたのだけれど、参加者が大変に面白かったので視聴者の様な気分で満喫させて頂く。

またお話ししたい。

 

・新人の教育係を仰せつかる。

かなり掴み所のない相手でどうしたらいいのか解らないんだけど、持ち前の後輩に舐められる能力を駆使し、何でもいいから仕事を滞りなく片付けられる人に仕立て上げたいところ。

部署っていうか、自分の負担軽減の為に頑張るぞー。

 

・保護猫カフェにいく。

猫カフェに行きたいが好きな猫カフェが定休日だったので調べたら見つけたお店を訪ねた。

保護団体に保護された猫に遊んでもらえるカフェで、相性と気持ちと審査に受かるだけの器量があれば可愛いお猫様を迎えることも可能という、とんでもねえ仕組みを有している。おいゼク◯ィ縁結び息してっか?というマッチングっぷりである。

可愛い猫が向こうからやって来てくれて膝で寛いでくれた挙句何故か手をガッツリ噛まれるというご褒美の無呼吸連打をかまされるなどして過ごす。猫はな、マジで可愛いんだよ。わかったか。

 

またー。

///20180510-20180518///

///大体の理想も現実も意味ないな/多分そうか、だから、大丈夫さ/想いの中で絶滅したハズの生き物が喋る流暢に/穏やかなフリって何者でも無いんだよ流石に解ってはいるけれど/眠ればすぐ忘れてしまうから/痛みなんて確かで手渡せないものを大事にしたってさ意味なんてないから/明日なんて個体差のある絵を描いて/夢ならさめないでずっとずっとこのまま、なんてさ///

 

///誰かのローン3500万、測れる距離ならお好きにどうぞ、ブレイクビーツの爆弾ドーンと堕とした彼は占い師になった、140字で書ける妄想もストーリーズで流す感情も、断片ていうか大抵は理想で追いかける為に走りもしない、息が切れた時の絶望と、身体が思い知っている現実の温度差を正直に色分けしたところで誰一人得なんてしてない、繰り返すことを繰り返して、忘れられないことを忘れたと言えた回数をただ数えて毎日やり過ごせて死ねたらな、明日なんて、明日なんて、明日なんて、明日なんてもう、明日だって、ただの明日なんて、明日なんて、明日なんて、ただの明日なんてホラ笑って、スクショ撮った後、ちょっと泣いて終わり///

 

///真っ赤なウインナーがジリジリ焼けて/まるで夕方だから家に帰る/再放送のアニメをBGMに/呆気なく宿題は片付いた/事実を並べて羨まれて/疑いもなく素晴らしいと信じていた/電柱のない街に暮らして随分経って/欲しいものがまるで解らなくなった/あの日◯をつけた思い出もノートも/何を書いたかさえも思い出せない/どこに仕舞ったのかも思い出せない///

 

///スゴイ!好きじゃない!この!呼吸!///

 

またー。

シャラポワと結婚したかった男の帰還。

ELLEGARDENが活動再開すると発表し、青春を根暗に過ごした大きなお友達たちはお祭り騒ぎである。普段運動しない大人たちが張り切ってしまった地域の運動会で怪我人続出という勢いがあって大変に良い。

ファンではない人から「解散したバンド」と呼ばれ、その度に「活動休止だから」と訂正すること数百回。もう半分言葉の意味も忘れてしまうくらいに麻痺していて、信じてはいるものの癖で訂正している様な状態であったので、この長きに渡るジワジワとした苦痛から一気に救われてしまった訳である。

余りにスカッと持って行かれてしまったので「俺の知ってる地球はもっと重力が強いハズだ」とその肩の軽さに不安を覚えてしまう。自分なんかがそんな簡単に幸せになれる筈がないと公式からキチンと発表を受けても疑ってしまう。

この「自分なんかが幸せになれる訳がない」「自分なんかの人生が上手くいく訳がない」という非常に根暗な気持ちを否定することなく、シェルターの様に存在して「誰も救ってくれやしない、自分を救えるのは自分だけだ」と声を掛け続けてくれていたのがELLEGARDENである。

活動休止してからもずっと、その声を幻聴の様に思い出しながらやってきた。とは言えそんな簡単に全部変えられる訳もなく、ダメ人間からの脱却は出来なかったので恥ずかしいんだけれど、その声を支えに自分の力で何かを変えてきたという自負もあるのでそれを心の中で報告出来ることが少し誇らしくもある。

ライブに行きたいのでチケットが取れたらいいなと思う。

ていうかクッソおっせーんだよバーカ、う◯こベース俺も黒宮れいちゃん好き!

素直におかえりなさいって言える気が全くしない。練習しておかなきゃ。

あと下ネタで申し訳ないんですけど、この発表を読んだ途端に勃起したのめっちゃ面白くない?

 

ジム通いの結果、徐々に大きくなっている身体の煽りを受けて服のサイズがどんどん合わなくなってきている。

一番手痛いのが私服のシャツ類のサイズが合わなくなってきている事で、お気に入りのシャツなのに肩回りがパツンパツンで不恰好になってしまうという事態が頻発している。

「結果にコミットする」という意味の分からない日本語を体現しているとも言えるけれど、休日に着る服が減っているのは困る。ライザップやゴールドジムでしっかりトレーニングしている人は着られる服が一気になくなって裸族化待ったなしなのではないだろうか。

ならば服を買えば良いのだけれど、根暗なので服を買うという行為へのハードルが異常に高い。服を買う事で消費するエネルギー量は10kmのマラソンに匹敵するくらい気が重い。なのでユニクロで全て済ませたいとも思うのだけれど、シャツなどはシルエットがもう少し細身な方が好みだなーなどと「どうせ頑張って服を選ぶんだからより良いモノが欲しい」という意識が働いてしまい、試着という難関への扉を自らこじ開けてしまうのである。

こんな自分を救うためにこそZOZOスーツは開発されたのではないかと思うものの、申し込むのが面倒で未だに行動に移せていない。

セミオーダーでシャツを仕立ててくれるお店などありそうだけれど、それも未だに調べておらず、己の怠惰が首を絞めているのが現状である。

このままでは服を買いに行く気力が湧く前に服を買いに行く服が無くなってしまい、休日は家に引きこもって裸族として暮らすという最悪のシナリオもあり得るので、重い腰をあげるエネルギーをさっさと貯めてどうにかしたいと思う。

 

またー。

///20180414-20180509///

///靴底をすり減らして歩き通した夜の神様は/始発と共に嘘になった/簡単に重なった気がしたお互いの輪郭も/向かいのホームで読めなくなった/橋から飛び降りる夢を見ながら始まりの電車でどこか遠くへ///

 

///遠慮しているうちに酸素が足りない/当然が解らなくて出遅れる/不都合からの脱出ポット/いつまでも溶けない砂糖みたいに/ある訳ないのにずっといる/出来の悪い悲しみだから構わないで欲しい/頭の悪い願いならば叶わないで欲しい/引き算ばかり欲しがっていつかゼロになると知っているのに///

 

///蹲って帰らない期待の頬の淡さ///

 

///優しい人の淡い傘は優しいままで折れてしまった/差し出した手は痺れたままで使う絵の具が減ってしまった/まるで壁みたいにもたれ掛かった人たちはどこ/使い果たして夕焼け小焼けそれぞれ家に帰ってしまった///

 

///夢で拾った猫の感触を目覚めても探してしまう/喪失感の尻尾だけでも撫でてあげたくて///

 

///カラスが指輪を咥えて飛んでも誰もが俯いていて気付かない/全ては小さくまとまってその手の中にあるのだから/世界が変わってしまってもただ何となく生きていける///

 

またー。

ゴールデンウィークに旅行してない日記。

朝に運動をすると良いとこれまでの人生で20回くらい見掛けており、よっしゃ何が良いのか具体的に全く目を通してないけど良いってんならやってみるか!と年に2回くらいその気になるんだけど、やってみると何でやろうと思ったんだろう?と10分前の自分に呪いの言葉を吐くくらいしんどくて、それでもやり始めたのだからと騙し騙し続けるものの夜に行うのと比べて2/3程度でやめてしまう。

単純に身体が目覚め切っていないというのが原因だと思われるのだけれど、身体を起こす為に早起きが出来るなら今頃アスリート体形である。出来るなら素晴らしいけれど、そこまでは出来ないので仕方がない。細く長くでも継続することが大切なので深追いしないことが重要である。

夜に行う筋トレで腹筋を150回したとして、朝だとその疲労感に100回で到達する。悪く言えば回数が減るので筋トレ自体の効果が低くなるが、良く言えば夜だと150回しないと得られない達成感を朝なら100回で得られるということである。ある意味効率的。これが朝活、道理で推奨される訳である。勤務時間外と位置付けられがちでさえなければ積極採用するのにと悔しい気持ちでいっぱいである。

そんな訳で、手っ取り早く達成感を味わいたい場合に朝の運動はかなり効率的で有効なのでオススメしたい。休日の午前中に目覚めただけで本当に偉いと思えるので、休日は昼まで起きないタイプという人にこそ月一くらいの頻度で推したい。

また何か気付きなどあれば書く。

 

ゴールデンウィークは程々に外出したし、固定資産税の支払い以外は殆どお金を使わずに過ごしている。

旅行には行かなかったのだけれど、固定資産税を一括で納めたことにより旅費くらいの金額がセブンイレブンのレジへ一瞬で去っていったので、もうこれは実質旅行だ、二泊三日はどっかいったのだと自分に言い聞かせている。なんかほら、南の方の島とかに、いった。

その他はユニクロで2000円、飲食で都度1000円、書店で2000円程度がバラバラと出ていったに過ぎず、比較的散財の少ない連休となっている。まだ終わっていないのでどこかでドカンと支出があるやも知れないけれど、概ね穏やかと言えるのではと振り返っている。

あまり気が進まなかった実家へも顔を出したけれど非常に疲れた。自分の親の家なのに気を遣う。もう暫くいいかなと毎回思う。完全に忘れていた姪っ子への誕生日プレゼントとしてたまたま持っていたギフト券をそのまま渡す。職場で昨年度の優秀社員賞を頂戴し、その賞金として授与されたもので百貨店で無駄遣いしようと持ち歩いていたものだ。

自分の身銭を切らずに姪へのお祝いを果たしたという意味では有効活用と言えるのだけれど、この「臨時収入だからこそ思い切って普段絶対買わないものを買える」という体験を手放したという意味では惜しいことをしたとも思う。ロクなものを買わないだろうからまあ良いのだけれど。

奥さんに誘われて万博公園へも行った。万博公園はポピーや薔薇が沢山咲いており控え目にいって最高だった。

ゴールデンカムイというアイヌ文化を織り交ぜた漫画に尋常じゃ無いくらいハマっている勉強型のオタクに連れられ、公園に隣接する民族博物館へも行った。おこぼれ的にゴールデンカムイを読ませて貰っていたので以前は何気無く鑑賞していた品々が非常にリアルに、身近に感じられて面白かった。これまではアイヌの展示コーナーを通る際にシャーマンキングのホロホロのことしか考えていなかったので、もっと正直に述べればホロホロを一瞬で通り過ぎてファウストのことを考え、最終的にネクロマンシーへ思いを馳せていたので大きな進歩であった。

その後、たまたま公園内に遊びに来ていた友人カップルのレジャーシートにお邪魔させて貰いコーヒーを啜るなどした。お陰で楽しい時間を過ごせたし、これまで殆ど話す機会の無かった方ともようやくお話出来たので嬉しかった。棚ボタというやつ。

その他は昨年映画を観て完璧だと思っていたアゴタ・クリストフ悪童日記の三部作を読み切った。第1部の完璧さから2部、3部となるに従って足元の覚束無い、幻想的というか何か盛られたかな?くらいガンギマリする不穏さにゴールデンウィークの前半から後半へのメンタルの移り変わりを重ねてしまった。第3部は重度の休みボケと五月病を併発した状態と一致する重々しさである。凄い作品を読んだと思うし、微塵も後悔していないけれど、第1部でやめといても良かったなーという気もしないではない。(2部も3部も本当に面白くはあったのだけれど余りに予想外の展開だったのでそう思っている)

 

明日は前職の同僚の誘いで初対面の殿方と一緒に阪神タイガースの試合を観戦する。ゴールデンウィークが始まった時には全く予想すらしておらず、ついさっき決まった予定なので先述した第3部の様にとんでもない展開をみせて連休を締めくくられやしないかと不安である。

今日のゲームは快勝しているので、その流れから降りずにこちらの期待通りに快勝してくれればと願っている。

 

またー。

バケットサンドを固いパンと呼んで。

お洒落なパン屋でお洒落なランチプレートを食した。

釘が打てるのではないかという程に固いパンに分厚いチーズがねじ込まれた文字にすると野性味溢れる料理であるが、実物は非常にお洒落なサンドイッチをメインに据えたプレートであった。

その固いが非常に美味しいサンドイッチを必死の形相で噛みちぎりながら、斜め前に同じサンドイッチを涼しい顔して食べるOLを捉えて愕然とした。違い過ぎるんだ、格ってやつがよ…。

何でそんな穏やか通り越して若干気怠さまで纏ってスマホいじりながら食べれるんだよこっちは硬すぎて顎が痛いしヨダレ垂れそうになって大変なのによと思わずにはいられなかった。

ジャングルでこのサンドイッチを涼しい顔して食べる野性のOLに出会ったら勝てる気がしない。このサンドイッチを食べなれているOLがゾンビだったら噛まれて伝染する前に噛みちぎられて死んでしまう。マーベルのヒーローとして君臨出来るレベルで顎が強靭過ぎる。などと賞賛なのか何なのか、畏敬の念を抱くに至る。

固いパンが刺さって皮がめくれた口内に酸味たっぷりの美味しいドレッシングが染みて地獄を味わう。彼女もまたこの地点に立った日があった筈である。ここを通り過ぎれば、彼女の様なお洒落OLになれるのかも知れないと、最終的には修行に取り組む気持ちで完食した。

美味しかった。

俺のお洒落OLへの道ははじまったばかり。

 

映画「君の名前で僕を呼んで」を鑑賞した。

愛おしくて切なくて、良い映画だった。エリオとオリヴァーの全く違うタイプ故のナイーヴさのすれ違いっぷりやあんまりに儚いものに触れて、触れ続けようという事へのエネルギー消費量なんかが半端じゃなくて全部に意味を持たせてしまいたくなったりして穏やかながら脳内が破茶滅茶忙しい作品だった。

切ない恋愛映画を観た!って気もするし、綺麗な写真集を観た!って気もするし、社会的な背景について当時及び現在の両方それぞれに考えさせられるし、でもそれを抜きにしてめっちゃ良い映画だったなぁという所に落ち着く。

終わり方が切なくて、またエンディングの撮り方が良過ぎてたまんなかった。

この映画をBL映画で片付ける人は多様性に対して何の理解も無いんじゃないかと思うし、そんな所で止まってるんだったら感性死んでんじゃね?大丈夫?くらい僕には良い映画だった。

「自然と理解されるべきことなのにそうでないもの」を映画評価を隠れ蓑にし、好みの範疇という言葉に甘えて理解出来ないと断言してまえる人の恐ろしさったら本当にホラーだな、と。

 

同世代の友人とケーキを食べてから飲みに行った。形式としてケーキを食べられれば良い訳でなく、一番食べたいものを確実に食べられるという点に重きを置いた結果、飲みに行く前にケーキを食べるという順序となり、それに付き合って貰った形である。

俺の庭ことキディランドで待ち合わせをしたらこちらの予想通りミッフィーコーナーに相手がいたこと、また相手がこちらを見るなり体格が良くなったと言及するなど遠距離恋愛のカップルさながらで謎の空気感であった。

そんな訳で成人男性2人、特に女性に支持されそうなフルーツの使い方をするお店で美味しく頂いた。

飲み会は通り掛かって良さそうだった肉バルに入ったが、木曜日ということを考慮してもガラガラで、喧嘩の強そうなお兄さんがワンオペで営業しており随分と客単価の高いすき家だなと思った。(※現在のすき家はワンオペ問題にしっかり取り組んで改善を成しているというニュースを見たので表現としては不適切ではある)

ホルモンの串焼きを店頭メニューのハイライトとして掲載しているにも関わらず、木曜日だからかテッチャン以外を仕入れておらず、まさかの串焼き単推しという事態であった。それでも焼いた肉は美味しいので良し。

比較的性格の暗い人間が2人向かい合うと主な話題は「人間は簡単には変わらない。俺たちは暗いけどそれはもう仕方がない事だよな」という確認作業がメインとなる。

とは言え、2人とも主人公体質の人に対してヘイトを溜め込むというよりは「そうはなれないけど面白いしいいなと思う」という良心的なモブキャラ気質を有している為、大変穏やかな会であった。

他には抽象度の高い作品より明確にテーマが指定されている作品の方が売れるのは解りやすさの違いなのか、自身の受け取る力に自信が持てないからなのかという話をした気がする。

あとは何故か「筋肉は鬱を倒す」みたいな風潮に我が身を持ってNOであるという報告を聞いて貰った。僕自身は鬱ではないのだけれど生粋のネガティヴである。筋肉が気落ちを防ぐのではなく、身体を健康に保つことで体調を崩す可能性を目減りさせ、それによるコンディション低下時の気落ちの機会そのものを遠ざけるという効果があるのみである。

個人の性格まで変えるまでの効果は筋トレにはない。筋肉で鬱が治ると言える人はそういう才能があっただけである、と僕は考える。

僕の好きな筋肉に関する思考にドランクドラゴン鈴木氏の「いざとなったらコイツを倒せるという優越感が大切」というのと武井壮氏の「トレーニングはしんどいもの」というものがある。前者は性格が変わらない困難性とそれでも折り合いがつけられる方法があるのだという絶望と希望、後者からはどんな凄い人もしんどいもんはしんどいんだからしんどいのであるという「人は人の子」的な安心感である。こんな凄い人でもしんどいんだから自分がしんどいのも当たり前だしそういう事をしているのだから頑張ろうと励みになる。

何の話だったっけ。

あ、友達と沢山話して楽しかったでーす。

 

またー。