性格の悪そうなBLOG

いちいち長いですが中身は特にないです。

霊魂が差し出したベーコンが気持ち浮腫んでいる。

会社の会議の待ち時間にボンヤリしていると周囲が頻りに「ベーコン」と口にするので加工肉大好きクラブ名誉会員(ただし赤いウインナーには厳しい)として参戦せずにはいられず、「僕大好きなんですよ!アスパラベーコンかハニーマスタードが特に」と華麗に飛び込んだらまさかの聞き間違いで「ベーコン」ではなく「霊魂」の話をしていたという大変恥ずかしい体験をしたのでせめてもの発散としてここに記しておきたい。

霊魂の話をしてたとしても急に「僕大好きなんですよ!」って墓場生まれか水木さん(水木しげる先生の一人称)育ちのどっちかしかねえオカルトアラサー野郎が登場したら普通に引くわ。まあ僕は後者ですけどね。幼少期、局地的に流行ったメンコブームで祖父の家から発掘した古びた鬼太郎のめんこで周囲を圧倒して「過去から来た凄いやつ」みたいな扱いになっていたくらいに本格的に水木さん育ち。あまりの無双っぷりに腹を立てたガキ大将がメンコでなく石を投げてきて流血するという騒ぎに発展した。オイオイ坊や、ママのお腹の中で習わなかったのかい?「ルールを守って楽しくデュエル」ってな、などと言う余裕もなく病院のお世話になったというオチがつくくらいの水木さん育ちなのである。心なしか水木さんどんどん関係なくなってるけど。

ただ、事実がそうであれ社会生活においてキャラが確立出来ていない新しい環境であることを考慮すると完全に不要な一撃であるし、何より霊魂をベーコンと聞き違えて好きなベーコンを用いたメニューを発表までしてしまっている。

自ずと話の流れは霊魂からベーコンへ移行する訳だけど、本当にその優しさが心に痛い。恥ずかしさを助長する。いっそ流してそのまま霊魂の話をしてくれた方がいくらかマシである。でも優しい人程そんな事は出来ない訳で、有難いんだけど辛いという状況を味わい変な汗をかいた。

ていうか霊魂って言い方する?霊じゃね?そこは霊じゃね?という八つ当たりから、夏になるとどうして怪談話が持て囃されるんだろう涼しくなった事などないというのにという回りくどい八つ当たり、挙句単純に怖い話無理という直球な八つ当たりまで(とか言いながら怖い話スレを滅茶苦茶読む。怖さの予防である)、とにかく八つ当たりを網羅する展開となってしまい我ながら器が小さくて大変ダサいなと悲しくなるに至った。

せめてアスパラベーコンをお腹いっぱい食べたい。

 

最近、何故か非常に身体がむくんでしまい手も顔も当社比で丸々として見える。

このままでは丸くなり過ぎてゆるキャラとして生計を立てねばならない日がくるのではないかと考えている。

キャラ設定やらポージングやら、強者揃いの業界でスポットライトを浴びる活躍が果たして自分に出来るのか、不安は募る。

流派としてはゆるキャラではないがヤクルトスワローズつば九郎の様にフリップコメント芸人枠を狙うのが一番可能性があるのではないかと踏んでいる。

土屋太鳳さんの様に毎日長文のブログを更新し、上手くいけば名作選という体で異常に爽やかなどっかの出版社の編集さんがまとめてくれて書籍化、著名人との対談、日めくりカレンダーなどで一山当て、不労所得で毎日猫カフェに行く生活が出来るかも知れない。ただ働いていない僕に懐いてくれる猫様などこの世にいるのかという新たな不安が生じる。

猫に嫌われるくらいなら働くし、ゆるキャラになんてならなくて良いし、ていうかまずこのむくみと一生付き合っていくのマジ無理だし、身体の異変で一儲けすることについての虚しさはムーミンコミックス「黄金のしっぽ」で痛い程学んだハズである。

それを忘れてこんな事を書いてしまい本当にお恥ずかしい限りでミン。

ムーミンコミックスは面白いので全員買って読むように。むくみの妖精ムクミンとの約束だミン。

 

それはそうと自分はちゃんと頑張れているんだろうかみたいな事をひたすら考えてしまい、やれ甘えているのではないか、やれ自己愛以外が実際のところ理解出来ていないのではないかなど堂々巡りを脳内で繰り返し、最終的に慢性的な頭痛に悩まされている。

同世代の同性が何を考えて生きているのかなどが無性に気になり、友人とご飯に食べに行ってあれこれ聞いたりして(そんな小難しい話はしてないけど)少し楽になったり、単純にこれまで以上にその人の事が好きになって花*花の「あ〜よかった」が帰り道エンドレスリピートされるなどしてその根深い何かと上手い事付き合っていこうとしている。

自分が頑張り過ぎていること、その逆で甘えきっていること、それは抑えた方がいいのか、もっと素直に出すべきなのかなど、全然判断がつかない。

インターネットにはヒント(実際にはヒントのフリしたドヤ顔であることが多い)は沢山溢れているが、答えらしい答えは全然転がっていない。

自分から突き放してどうするんだと思わなくもないけれど、まー自分なりに「こうしなきゃいつか死ぬ」「こうしたら結構スッキリする」などなど、色んな部分で自分がどうしたいかを考えなくてはいけない気がしている。もしくは全部ポーンと諦めてしまうかである。

そう、あらゆる場面で「ついで要員」としてかなり優秀な成績を修めてきた自負はあるんだけど、結局未だに諦めがつかないんだなーと思った。ララランドを観た時にそれを認識した。世間が言う程に素晴らしい映画だとは思わないけど、たまたまタイミングが合致したというか。

これ以上意味不明な主張を書いても意味ないのでそのうちまとまったら書くかも知れない。

 

またー。

カラオケMVの登場人物の幸せを願う会。

カラオケのMVというかイメージビデオって結構同じ素材を使いまわしたりしてると思うんだけど、そうなってくると曲や歌詞の世界観で同じ俳優さんの同じ映像が色んな曲に登場する訳で、カラオケで同じ機種を使い続けると、毎朝決まった時間の決まった車両に乗って通勤すると生まれる名前も知らず会話もしない顔見知りという関係に似た存在になってくる。

僕は普段DAMという機種しか置いていないカラオケ店を居心地一択で利用しており、毎回同じ曲を歌う事に一切の抵抗が無く(しかも一切の上達を見せないというオマケ付き)、先述の顔見知り感覚を非常に強く覚えるに至っている。

流石にカラオケのイメージビデオも立派に権利の世界であるので写真掲載は控えるけれど、例えば茶色に白いラインの入ったペラペラのvansのパチモンみたいな靴を履いて宗教勧誘感すら漂う朗らかな表情で無闇矢鱈と街を駆け回ったりベンチに座ったりしている黒短髪塩顔の男性だったり、ちょっと目を離すとすぐにKEEP OUTのテープの向こう側でキメ顔しながら手をぬ〜べ〜みたいに掲げる峰倉かずやも真っ青なカップルだったり、晴れの日に水玉のレインコートを着てポリゴンショックみたいな部屋に住んでいる女性などが僕にとっての「顔見知り感ある対象」として挙げられる。

かなり際どい、親兄弟なら心配のあまり泣きながら止めたくなる様な振る舞いを毎度毎度繰り返し見せて頂いており、余りにパーソナルな部分に触れてしまっている気がして申し訳なくなってくる。

感情移入の方法が間違っているという自覚はあるが、実際そうなのだから仕方がない。カラオケのイメージビデオというのはどうしても低予算でダサく、素人感が拭えないキャストでドラマもザルではあるが、それが本当に日常に、自分の生活圏に全員居ても不思議じゃないという親近感を与える。

トルコの塩を振るシェフは身近にいないけど、吉野家の店員さんは生活圏に沢山いて身近な存在であるのと同じである。前者は物珍しさも伴いイイネ押せるけど後者は当たり前に居てくれるのでスルーしがち、というか。うん、かなり無理がある上に繋がりが弱めな例えだって解ってる。大丈夫、自分でも解ってるから。友達ってだけで全然ジャンル違いのブログを相互リンクしてるくらいの弱々しさである。あああ無理だ、どんどん無理の上塗りが成されていく。我ながらどうか落ち着いて欲しい。

そんな魅惑のイメージビデオ界隈であるが、僕が好んで歌う曲に出演する役者さんの中でも一番強烈で、カラオケに行ったら絶対この人だけは拝んで帰らねばならないとついつい意気込んでしまう俳優さんがいるので彼についても書いておきたい。

彼はGRAPEVINEの「想うということ」やTHE NOVEMBERS「最近あなたの暮らしはどう」、Syrup16gの何らかの楽曲で登場する事のある(意外と複数パターンあり切り替わる気もするので若干濁している)ハイキングウォーキング鈴木Q太郎さんに似たロングヘアーの男性である。

この男性、結構派手なダサいシャツに結構ボロボロの和室タイプのアパートに住み、結構昭和感漂う女性と結構貧乏ながら幸せにお付き合いしていたハズが結構ガッツリと失恋してしまい、結構その喪失感が足腰にきてしまい、結構ヤバい感じで草むらにへたり込んでしまったりしてる。結構、結構、結構。

それを観て毎回「頑張れ!しっかり!俺がついてるぞ!」みたいな気持ちになり、ついつい応援上映状態に陥ってしまうのである。

劇中で公園デート(お洒落な公園ではなく児童公園なのもポイントが高い)の際に逆上がりを彼女に教えるという演出があり、そこで派手なシャツから覗く肌の質感がどうにも圧倒的におっさんで物語以上に何らかの精神的ダメージをこちらに強いてくる。何度観ても受け止めきれない。

そして勿論展開はいくら応援しようがバッドエンド一択。

これまで述べた通り、喪失感という重々しいテーマが全編に渡り横たわる映像作品なのであるが、どうしてもダサいし取り敢えず髪の毛切れよ、ていうかさだまさしもタオル投げるくらいベタな昭和デートっぷり誰に習ったんだよソレ、という気持ちが湯水の様に湧いて来て変な親近感を煽る。結果、段々身近に感じてきてしまい応援したくなるのでカラオケに行くと気分でもないのに彼が出て来そうな楽曲を歌ってしまうのである。

 

さて、ここまで勢いで書いてきたものの、どうこの話を締めたら良いのか全く解らない。まとまってる気も微塵もしないので読み返すことすら苦痛で放棄しようとしている。

この親近感の抱き方は人に薦められるものではないだろうし、そもそもそれを目当てにカラオケに行くという構図もおかしな話。

あるあるネタとしてまとめるにも残念ながら肝心のあるある度が低い気がする。違う機種を利用する人にすら通じないのだから話題としての強度が元から低すぎたのである。

まーそんな感じで困ってしまうのだけれど、今これを読み進めている人はきっともっと困っているだろう。本当に申し訳ない。

なので、カラオケは大きな声を出せるだけではなく、そういった楽しみが見つかるかも知れない素敵な遊びであるという辺りに不時着させたい。あとは各々上手く処理して欲しい。ここまで読んでしまったあなたには、きっと、その力があるハズだから。

 

またー。

ハッシュポテトが名物の焼肉屋から届いた喪中ハガキ。

僕の考える完璧な朝マックにはハッシュポテトが2つ必要なのでセットに単品のハッシュポテトを追加する。ハッシュポテトが好きで1つでは心許なく不安に駆られてしまうのである。

提示されたセットの中で如何に満足度の高い朝マックを組み立てるか。確かにそれは気高く、美しさすら感じさせる姿勢であるけれど、たまに訪れるマクドナルドで好きなものを好きなだけ食べられない人生は僕にとっては絶望である。僕は一体何の為に再就職したのだ。食べていく為である。マクドナルドとて例外ではない。食べ物はジャンキーであろうと尊い。カロリーはいつだって僕らを救ってくれる。カロリーは決して人間を裏切らない。カロリーは力だ。カロリーに振り回されている心の弱い人間どもがカロリーの地位を貶める。僕は決してそんな奴らを許さない。絶対に、だ。

まーそんな感じで最初に欲望のままにハッシュポテトを1つ食べる事で衝動を満たす。これにより朝マックを円滑に進行する事が可能となる。感覚的には地鎮祭の様なものだ。

老若男女が思い思いに過ごす住宅街の朝のマクドナルドが好きだ。昼以降は僕の居場所ではないので寄り付かない。休みの日まで不向きなことはしたくないのである。

 

健康の為、という訳でもないのだけれど時間があったので公園を散歩などしてカラオケに行った。

My hair is badを歌い、この流れは僕の中ではクリープハイプ発進では無いのではないかという疑念からデンモクをアレコレ眺めていて気付いた。Northern19である。圧倒的新潟感。

My Hair is Bad - ドラマみたいだ Music Video - YouTube

Northern19 - Stay Youth Forever (live) - YouTube

「STAY YOUTH FOREVER」というサビが雄叫びの為に一切画面に歌詞として表示されない曲が大好きで久々に歌ったら気持ち良かったけどあまりにスカッとした内容でゲラゲラ笑ってしまった。

他にはCoccoの「焼け野が原」を歌おうと歌詞を表示しようとしたらデンモクがバグってしまい流石だぜCoccoという気持ちになったり、ユーリ!!!on ICEの主題歌であるディーン・フジオカの曲が意外と歌えそうなのでいつかユリオにノーミスで捧げられる様になりたいと心に決めたり、Suchmosの歌詞がビックリする程ダサくてマジで曲ってスゲーなと感動した。曲が無かったらメンズナックルの天才的コピーみたいなモンだろコレ、超クールな奴らはひと味もふた味も違うぜと思うなどして過ごした。

最後はふと思い出したhideの曲を歌った。人はどんだけ素晴らしいのものや感情を遺しても呆気なく死ぬ。切ないし悲しいけど、そうじゃなきゃ困る。

夜は焼肉。セットすらないガチ路線過ぎる焼肉屋さんに入ったら笑っちゃうくらい美味しかった。本当に満足度の高い焼肉を食べるとデザートもコーヒーも必要ないことを知った。

食べ過ぎたのでもう一度カラオケに行って発散したくなったけど大人しく帰宅した。

 

そう言えば先日、大好きなキャラクターを描く人に喪中ハガキを描いて貰う機会があった。

僕が死んだらこの人に描いて貰ったライブのフライヤーを棺桶に入れて欲しいし、この喪中ハガキを親戚にばら撒いて欲しいと思いつつ、初対面までえらく時間が掛かったことや、共通項であるTHE NOVEMBERSGRAPEVINEのことを考えた。美学のあるバンドである。僕らもそれに倣い、何かしら一貫していたいという気持ちからか会う時は大体焼肉か焼き鳥を食べる。

お腹が空いて中崎町のカフェに入ったら、チョコレートケーキにほんのりシナモンが入っていて素朴に見えて華やかな味だった。メガネで地味なあの子が実は超美少女といういちご100%みたいはケーキだった。いちごは入っていなかったし、いちご100%が異常に好きでそのままシスタープリンセス沼に沈んでしまった友人のことを思った。あの日あの時あの場所でG'sマガジンを買おうとする彼を止めていたらあんな事にはならなかったのに…いや、しかし人の未来を変えてしまう事への責任はあまりにも重い。これで良かったんだ、これで…。

 

好きで困る事になるぞ、と観るのを避けていたドラマ「SPEC」を観てしまった。

堤幸彦のテンポに坊主頭の加瀬亮と人格に難のある神木隆之介が出ており案の定好きで困るという事態。骨格の覇者加瀬亮と可愛さの王神木隆之介が何だかんだしているので楽しかった。

連ドラ版しかまだ観ていないのだけれど、その終わり方たるや酷過ぎて笑う。リアルタイムで観てたらブチ切れていたと思う。

何故かmudy on the昨晩という素晴らしいインストバンドの夢をSPECを観た2日間、連続でみた。彼らの魅力はギターを3本駆使する事により歌以上に歌心のあるフレーズを生み出す所にあると僕は思っていて、その核となるJ-Popにおけるボーカルラインのギターを弾くメンバーがコロコロ変わるという中でも一貫して魅力を失わなかった彼らが大好きだ。未だにバリバリ聴き続けている。

僕にとっては彼らもまたSPEC(特殊能力的な意)の持ち主なのかも知れない。テレキャスで一番ギターらしいフレーズを刻んでいたフルサワさんというメンバーがもち肌で霧のような汗を散らせるのが可愛くて飛び跳ねる様をフルサワステップと称して真似していたのをよく覚えている。

日常のふとした瞬間に好んで聴いてきた音楽が顔を出す時、どうしたって自分の「好き」の思い出をなぞってしまうなー。

 

またー。

ホラー映画に首ったけ。

ライブに行くつもりだった土曜日、実は自分発信で元々予定を入れており痛恨のダブルブッキングにより断念となり、それにより用事まで暇で仕方なくなってしまったので朝からアマゾンのプライムビデオで「貞子vs伽倻子」を鑑賞した。

もうね、公開当時の世間の反応たるやホラー映画とは思えないくらい笑いに包まれたものでしたからね、当方マジ怖がりで霊感は0感の癖に「本当にあった怖い話」の稲垣吾郎すら怖かった僕ではありますけれども、こんだけ和気藹々と皆さん笑ってらっしゃるのを眺めていると「遂に僕でも1時間半耐えられるホラー映画が出てきた!」って思うじゃないですか。

で、まあ観たらね、普通に怖いんですよ。笑い事じゃねえよ。かなり序盤で普通にムーミンの縫いぐるみを抱きしめて公園で子供が楽しげに遊ぶ声をBGMにする為に窓全開で観たわクソが。子供は国の宝だなと生まれて初めて素直に同意に至ったわボケ。

じゃあ途中で観るのやめろよって話でしょうけどね、本当の怖がりっていうのはいくらフィクションだと言われても万が一を考慮するんですよ。万が一の為に回避方法が劇中で提示されるのでは、と期待して怖いけど最後まで観てしまうんですわ。引いてんじゃねえよこっちだってこれを笑って観てた人たちにドン引きだわホーンテッドマンション住みかよお前ら。究極の事故物件だろそれ。スーモに載ってんのか。共益費死ぬ程安そうですね!羨ましくねえし住人死ぬ程どころか死んでんじゃねえか。

あと製作陣は絶望に終始すんの本当にやめて欲しい。救いをお恵み下さい。お願いだから。

まあ正直貞子だの伽倻子だのがお互いにぶつかり合う展開はゴジラガイガンみたいな気持ちで観てたけど、まー対人間パートにおいては「あ、コレ無理だ。無理無理、こんなん死ぬ以外ない」って気持ちになった。いっそ清々しいわ。スゲー怖いけどブチ当たったら最後平等に死が用意されてるっていう意味では安楽死という選択肢がないまま一生過ごせって言われるよりはマシ。でもそういう問題じゃないの。もう見た目と展開が怖いんですよ。解ります?制度の問題じゃなくて見た目なんです。人は見た目が何割ですか?新書売れましたよね。今ブックオフで叩き売りにも飽きた感じで破格で手に入るハズなんで手に入れて読めばいいんじゃないですかね?僕は読んでませんけども。

ただ貞子か伽倻子という絶望ルートの選択肢を持たせてくれるなら圧倒的に貞子ですね。

ちゃんと「いつ来ますからね」みたいな猶予もあるし、前置きっていうの?親切じゃないですか。あと何か見ようによってはzuccaみたいなワンピース着てるしお洒落。挙動もどことなくきゃりーぱみゅぱみゅの振り付けみたいで伽倻子より全然落ち着きがあるのが好印象。怖いからそんなもん全部前言撤回だけども。

 

そんな感じで用事を片付けて帰ると恐怖の残骸がリビングに滞留してる気がするじゃないですか。そういうの嫌なんで。怖がりだから。

だからお茶の時間だったんだけど缶ビール飲みながら家に帰ったよね。

で、何かこう、パソコンとかテレビつけて早速出くわしたら嫌だなーと思って、ボンヤリとビール飲みつつ爆音でELLEGARDEN聴きながらイケダハヤトさんの首の角度で写真が撮れないかひたすら試すという1時間を過ごした。

イケダハヤトさんがどんだけ凄いとかもう結局よく解らないんだけど、あの首の長さと角度はスゲーよ。狙って出せるのは選ばれし民って気がする。僕は結構、首が太い人とか首が長い男性が好きな傾向があって、イケダハヤトさんはこの首が長い人部門で凄い好きなんですね、ビジュアルが。その他は微塵も存じ上げないんだけども。

全然、彼みたいなスラッとした長さ及び角度で写真が撮れない。骨格から違うっていうのを久々に味わった気がする。ちなに前回は加瀬亮に喰らわされた。ご馳走様でした。

そんな訳で総じて無駄に満ちた土曜日を勢力的に過ごしている。

もうここまで来たらカップ焼きそばを食べて寝落ちくらいかまして華麗に無駄方面で土曜日に終止符を打ちたい所存でございます。

これを読んでる人がコレより少しでもマシな土曜日を過ごせていますようにと祈りたいんだけど、そもそもコレを読んでいる時点であんまり期待出来ないよなーとブログ全盛期のオチにありがちな事を書いて終わりの挨拶に代えさせて頂こうと思う。

 

またー。

3つの美しさにキャパオーバーした1人の話。

ゴスと言うには明るいピンクの装いの女の子の落としたパスケースを拾ってあげたら暫く後をついてこられてスゲー怖かった。

壺か宗教か絵を買わせたいのかなと思ったけどそんなガッついた印象もなく、声も全然聞き取れないのでラリってんのかな?それとも酔っ払ってんのかな?と思いつつ、何度も繰り返される「ありがとうございます」に対して「たまたま気付いただけなので。良かったです」と言って目的地と逆の信号が変わりそうだったので駆け足で横断歩道を渡ってまいてしまった。

申し訳無かったけど、どうしようもない。

どうせならもっと目の保養になる様な、それでいて人とのコミュニケーションに長けていそうな人の後をついて行けば良いのになーと思いながら遠回りするハメになり、遅刻ギリギリとなってしまった。

何を伝えたかったのだろう、何が目的だったのだろう、ていうか単純に心配になった。

どうか上手く生き延びてくれ、僕なんかに心配されない程度には、そう願わずにいられない。

 

さて、日曜に色々鑑賞したのでその雑感を。

まずは中村明日美子先生原作の「ダブルミンツ」公開記念の展示を観に渋谷はスペイン坂へ。

渋谷は明確な居場所じゃない感を抱いているので、居るだけで少しずつ疲れてしまう。

坂の多さだけが都会っぷりを微かに紛らわせてくれる。最先端のTOKYOの中でも屈指の都会渋谷と言えど、未だこの坂を解消する程の未来感ある発展は見せていないのだなと意味不明なことを考えながら歩く。

明日美子先生の展示はダブルミンツと新装版で刊行された作品を軸にしたもので大変に美しかった。

明日美子先生の描く髪の毛や睫毛の曲線はあまりに完璧で、それにグッと入り込んだ後に全体を引いて見るとその集合体っぷりに改めて衝撃を受ける。隙が見当たらない。闘っても勝てる気がしない。闘う必要は無いんだけど。

僕は、明日美子先生のただでさえ最強の曲線の中でも先生が描く女子高生の太腿が突出して最強(言葉がドラゴンボール並みにハイパーインフレを起こしているのは承知で)だと思っている。

ダブルミンツにもその最強の中でも最強が発揮されており、原画の展示もされていたので脳内で2、3回悲鳴をあげた。ギャー!

物販コーナーは同級生とダブルミンツの2強で、ランダムアクリルキーホルダーの佐条くんか草壁が欲しいなと思い、シークレット含めて全5種なので3つ買えばどちらかだけでも当たるだろうと購入したら、見事に3連続で原センという展開であまりに華麗なる原センジェットストリームアタックが決まってしまった。

原センは良い人だと思うんだけど、良い人の向こう側へ行けない感じがもどかしくて見ててウッてなってしまうので推しではない。

どうしたらいいんだろう、これを機に原センを再評価すべきではなかろうかと思いながらカフェでスコーンをモソモソ食べた。

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続いて同じく渋谷でオリエント工業の展示を鑑賞。

これまでも興味はあったもののショールームなどには足を運べなかった。それはやっぱり興味の域を出ない(どうしても実用の意思が最も優先されるべきであるという気持ちが強かった)のもあり、一方で一度そちらに渡ってしまったら戻れないのではという自分への評価もあった。

場内は明るい雰囲気で、老若男女が思い思いに展示を鑑賞していた。

薄く、それでも確実にそこにある血管や足裏の皺、耳たぶの感触に至るまで、あまりにリアルで驚いた。こんなに人間だったのだなと思いつつ、その完璧さから逆に人形っぽさも感じ取れて複雑で不思議な存在だなと改めて感じた。

儚さみたいなものを見出さなかった自分に少し安心した。理由はよく解らないけど、例えば自分は所有していない訳で、所有している見ず知らずの誰かの人生を展示から思ったりするのって嫌な領域もあったりして(勿論ラブドールへの理解を深めるというのは大事だけど、そういうのじゃなくて)そういうの抱かずに見れて良かったなと思った。

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みんな綺麗だった。

 

そこから大阪に新幹線でビューンと移動して、さいあくななちゃんの個展を観に心斎橋へ。

去年の京都での展示から引き続いて、というか地続きでエネルギーが更に増した展示だった。

さいあくななちゃんの絵は、個人的には自分の為に笑って自分の為に泣いて自分の為に怒って自分の為にキラキラするという事を思い出させてくれる作品が多く、改めてそこに立ち還らせてくれるピンク多めの世界だった。

ピンクの中に流れる緑とか黒がどれだけ僕を励ましてくれるかは上手く表現出来ないんだけど、これが上手く表現出来る日まで頑張ろうと思った。

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展示されている作品の一部は販売もされていたのだけれど、展示作の中でも一番好きなものには値札がなかったので購入は控えた。

やっぱり一番好きな作品が運命的なタイミングで手に入らないと意味が無いと思う。

素人考えなんだろうか。素人だからいいんだけど。

作品集などを購入して帰宅。

ミニライブも催されていたのだけれど、流石にこれ以上インプット増えると熱が出るぞという脆弱な身体に疲労が蓄積しまくっていたので観ずに退散。

案の定、あっという間に寝落ちした。

 

流石に1日に全然違う(けど全部綺麗なもの)を3種類鑑賞すると消化に時間が掛かる。3つの地球をボンと手渡されたみたいな。死んでも吐きたくない古代ローマかつ満漢全席。頭がパンパンで痛いくらいなんだけど、漏れなく全部、意地でも自分なりに消化したい。

 

※掲載されている写真は全て撮影可のものです

 

またー。

ぬいぐるみとのシンクロ率は100%を超えると人間に戻れなくなる。

仕事が早く終わり、どうにも可愛いものを補給したい気分の時にキディランドに立ち寄って1時間ほどブラブラして帰るという奇行を月に1回程度実施している。

キディランドに並ぶキャラクターは言うたらメジャーな可愛さで、「テレビで見かけるやつ」「長年愛されてるやつ」「大型新人」みたいな存在で埋め尽くされており安定感が半端ない。長きに渡り愛されているorいくだろうという安心感が可愛さに拍車を掛けている。どいつもこいつも可愛いし多彩なグッズ展開で眺めていて楽しい。

丸みを帯びたフォルムから鉄壁のプロフェッショナルを感じる。スガシカオのProgressが聴こえてきそうだ。

一方、それらを眺めながら自分の好みは決してメジャー志向では無いのだなとも感じている。この分別は僕の印象に基づくのでこの表現に違和感を覚える方もいるかも知れないけど、キディランドがメジャーであるとすると、僕の中ではヴィレッジヴァンガードがインディーズの最大手であり、ビレバン(何故か略称で書くとヴィをビに置き換えた方がしっくりくるが、公式はきちんとヴィレヴァンと書いている)に並ぶキャラクターの方が何となく好きなのだ。

勢いとパンチ力で隙も多い感じで強行突破を成すキャラクターがとても好きなのだ。

LINEのスタンプでいうと公式になくてクリエイターで売られてる的なキャラクターたち。

最近では音楽と同じでメジャーとインディーのボーダーが曖昧になっている気もしており、キディランドにもヴィレヴァンで爆裂ヒットしたキャラクターが登場する様になっている。

Twitterヴィレヴァン経由で鴻池剛さんの猫のポン太がキディランドに並んでいるのを見た時は「岡崎体育かよ」と衝撃を受けた。ポン太は可愛い。岡崎体育は可愛くは無いがどの曲も面白いからスゲーと感心しながら聴いているし、パイナップルが好きでバイキングで食べ過ぎて腹を壊した岡崎くん(同じ苗字!)に似ていて親近感が湧く。

岡崎体育の話はさておき、そんな訳でヴィレヴァンに並ぶキャラクターがとても好きなのだけれど肝心のヴィレッジヴァンガードがキディランドより行動圏の中で遠い為、平日の疲れた心身ではそこまで辿り着けない。客層もヴィレヴァンの方がパーソナルスペースが広い人たちが狭い店内に集まるので圧を感じる。(※個人の感想です)生きていく強さが足りない。僕がヴィレヴァンにおけるBLEACHの登場人物ならチャドで、霊圧消え過ぎて心配通り過ぎて2chのスレでネタにされるレベルだと思う。

もう少し体力及び精神力を養う為に筋トレでもした方が良いのかも知れない。「筋肉だけは自分を裏切らない」みたいな風潮が非モテ界隈には根強くあるからそういう発想になってしまう。見た目はともかく実用に関しては筋肉だって裏切ることあるとも思うんだけど、それは言わないお約束である。

そう言えばTwitterで流行る筋トレは「お手軽にスゲー効く」が主題だと思うんだけど、それにしても短いスパンで新たなお手軽筋トレが世の中に出てくるので「どんなにお手軽でも皆続いてないから別の手段が流行るんだな」としみじみ感じる。腹筋を鍛えるパターンが多い気がしている。お前らどんだけ腹出てるんだよ。

僕は未だに一時期流行った腰を回すやつを週3くらいでやっている。ただの習慣になっており、そこは最早意図すらない。これはこれで問題がある。

元の話に戻れなくなってしまったのでこの辺で終わらせる。軌道修正が年々下手くそになっている気がする。

 

さて、6月に祝祭日が無いという理由で2日の有給休暇の取得を職場が推奨してくれたので遠慮なく申請し、その1日である金曜と土日をぶち込んで東京ディズニーリゾートへ行ってきた。

シーとランドを1日ずつという行程である。

毎年、幕張メッセに向かう電車の通過駅の1つであった舞浜駅に降り立つことになるとは思ってもみなかったし、食べ物も飲み物も物販もチケット代すらもフェスより安くて衝撃を受けた。当たり前だけどモッシュもダイブもなかった。

結論から言うと楽しかった。

90分くらいならアトラクションの列に並ぶのもあまり苦にならない。個人的にはシーではトイストーリーが、ランドではくまのプーさんのアトラクションが好きだ。超楽しかった。

勝手なイメージでディズニーの世界で最強なのは女子高生だと思っていたのだけれど、実際は子連れの女性同士のグループが生態系の頂点に君臨していた。

女子高生たちが子供の面倒をみながら楽しめる彼女たちの強さの前にバッタバッタとなぎ倒されていく様は驚きであった。

あとはディズニーはどんな場所でも自撮りが出来るとんでもなく作り込まれたテーマパークであることを女性陣から教わった気がする。

「こんな所で自撮りすんの!?」と驚くものの、確かに超フォトジェニック。マジで天才だと思ったし、この人たちが見てるディズニーは僕の見てるディズニーよりキラキラしてそうでいいなーと思い、軽い敗北感を味わいながら細かく見て楽しむ術を学んだ。

また行きたい。

感想はさておき、初日のディズニーシーでクマとネコのぬいぐるみ(各3900円)を購入した。

クマは朝一で購入してそのまま抱えて園内を散策したし、翌日のランドにも連れていった。

そこそこの大きさなので持って帰るのが大変な気もしたのだけれど、どうにも欲しくなってしまったので買ってしまった。

めっちゃ可愛い。めっっっちゃ可愛い。真顔でこれを書いているんだけど、めっっっっっちゃ可愛いと思っている。

アトラクションやパレードの待ち時間は、ぬいぐるみを操る為に入念に可動域や手足の動きなどを触って確かめ、色々なポージングの練習を徹底的に行った。

結果、2日目にはやりたい動きが自然と出来る様になってきた。まだまだではあるが初級クリアというか。

何を言っているのか解らない人もいるかも知れないが、要するにサッカーであれば「ボールのどこをどれくらいの力で蹴ればどこへ飛んでいくのか」を身につける基礎練習がこれに該当する。

ぬいぐるみを上手く動かすには、それと同じようにどこをどのくらいの力で押せばどう動くのかを練習するしかない。練習あるのみだ。努力なくして技術は身に付かないのである。

男性特有の硬い動きが出てしまうと、初々しくて良いのだけれどぬいぐるみ本来の可愛さを活かすという点では0点である。

恥ずかしさ半分の無骨な動きは男性を可愛く見せるがそれだけである。ぬいぐるみは好感度アップの為の魔道具じゃねえぞ。ちなみに僕は烈火の炎よりも植木の法則派です。

それぞれのぬいぐるみの性格、設定にあった動かし方があるし、その中でまず基本になるのが柔らかく滑らかな動きである。それを押さえて初めて各ぬいぐるみらしい動きを加えていく必要があると僕は考えている。

その点においては2日でクマの方は基礎がそこそこ身についたと思うので、今後もより良い動きを追求していきたい。

ただ潮風と暑さによる汗や埃っぽさにまみれた為、購入2日目で滴る程にファブリーズを浴びせられ、帰ったらぬいぐるみの大敵お風呂(型崩れの危険がある)という地獄の行程を恐らく強いてしまうことを申し訳なく思っている。

何にしても可愛いぬいぐるみなので今後も大事にしたい。

ちなみにクマの名前は公式にはダッフィー、ネコの名前はジェラトーニというらしいので、クマには「マック」、ネコには「さしみ」という名前をつけた。

 

またー。

人生初、立ち飲み屋でヘッドスパ。

人生で初めて1人で立ち飲み屋に行った。

どうにも店でビールが飲みたくなって、そんな感覚になったことがこれまで無かったが為にその衝動を完全に持て余していたのだけれど、駅に立ち飲み屋があるのを思い出した。

どう考えても地元の中高年が集う雰囲気だったので迷ったものの、このかつてない店ビール欲はコンビニでは解消出来そうもないという諦め半分、中高年御用達の立ち飲み屋への興味半分で暖簾をくぐった。

そしたら、まず暖簾からカウンターまでの近さがこれまでの常識が通じないくらい近くて上手く暖簾くぐれなかったよね。

暖簾をくぐりきろうという勢いでカウンターに腹をぶつけてスゲー初心者感をアピールしてしまった。頭では解っていたんだよ、暖簾からカウンターまでの距離が一歩分しかないという事は。でも暖簾を手で「やってる?」って感じで搔きわけるというアレ。アレをすれば良いという発想がない程に素人だったのである。

どう考えても挙動や見た目年齢の低さが初来店だったせいで店主のお婆ちゃんめっちゃビックリした目でこっち見てた。普通に恥ずかしい。

恥ずかしいが、これも経験、知ったかぶりを貫いて事故を起こすよりも良い筈であると思い直しビールを頼んだ。

解っていたけれど常連さんと店主のお喋りの間を突いて注文するのが難しく、その変拍子の鉄壁っぷりに結局お代わりを頼むのが限界であった。事前知識が一切ない状態で凛として時雨People In The Boxのライブに行った様な気分だ。展開が読めないし息つく暇もねえ。あと両バンド共、マジでビール似合わねえ。

まーそんなもんお前も客だろ好きなタイミングで頼めよって話かも知れないけれど、どうにも郷に入っては郷に従えというか、その店のグルーヴを感じる事だって外食の醍醐味ではないだろうか。自然と培われた空気感を極力邪魔したくないのである。正直言うと人の邪魔になるのが極端に苦手ってだけなので、まあ全ては建前である。MCで奇声発したりウケ狙って拾って貰おうとする奴に理解がない方なので、そうなりたくないという意味の分からない葛藤がある。あいつらの前世きっとタタリ神だよ。いやだいやだタタリ神になんかなりたくない!と悲痛な声をあげるサンくらいそういう存在になりたくない。全く面倒な性格である。

そんな僕ではあるものの、最終的に隣り合った常連さんと地元トーク的な事をし、その引き際の見極めが難しく予定より1杯多く飲んで退店に漕ぎ着けた。

自己採点すると60点くらいの身のこなしだったものの、雰囲気を満喫出来たのでとても楽しかった。

この経験を忘れてしまわない内に再来店し、今回の反省を活かして楽しみたい。

立ち飲み屋に対して「経験」だの「反省」だの言ってるうちは先が思いやられる気もするが、初々しくて可愛いとチヤホヤして欲しい。嘘だ。大丈夫、死にゃしないからそっとしておいてくれ。

 

あと、人生で初めて仕事帰りの平日に髪を切りに行った。

よくよく思い返してみると、中学生、高校生ならまだしも大学生の頃も平日に行ったことがなかった。

おかしいだろ平日の大学生とか暇の権化というか自由の年パス与えられてんだろと思ったけど、理系はそこそこ忙しいしバイトもしてたので髪を切るのは結局休日だった気がする。

そんな訳で定時退社して馴染みの美容室に行ってカットとヘッドスパをして貰った。

もう何年も通っているのに初めてプレジデントとかお洒落建築とか出て来て、かつてこんな雑誌のチョイスをされた事がなかったのでスーツの効力としか思えない。ていうかこんな雑誌置いてあったなんてマジ知らなかったぞ、逆に普段の自分が果てしなく舐められていた可能性に思い至るも深く考えると切なくなるので早々に放棄した。ダメージを軽減する方法を身に付けるのは決して悪い事ではないと声を大にして言いたい。なんせカットに来てもヘアカタログすら出て来ないですからね。いや、ヘアカタログは今回も出て来なかったんだけど。どうなってんの。

それにしても、馴染みだけあって気楽である。両サイドから二人掛かりでブラシで切った毛を払われるなど完全に遊ばれている気もするけど、まあ気楽なので多くは求めない事にしたい。

とりあえず仕事帰りに髪を切って翌日も仕事という流れは初めてなので新鮮で良い。

スッキリした。

 

案外人生初っていくらでもあるのだなと思うし、それが楽しいものであれば、どんなに些細なものでもどんどん実行するのが吉かも知れないと思った5月の終わり。

6月もそんな感じで乗り切れたらいいな。

 

またー。