性格の悪そうなBLOG

いちいち長いですが中身は特にないです。

デスクワークをする事でしかつかない筋肉。

帰宅する為に電車に乗ろうと駅構内を歩いていたらSONYと書かれたシンプルなTシャツにゴツいヘッドホンをしたおじいさんが向こうからやって来たのが見え、存在が完全に歩くSONYの広告塔なのが気になってしまい、どんなヘッドホン使ってるのかなと気になってマークし、すれ違い様に確認したら「BOSE」と書いてあって、現実そんな上手く出来てないわな、と思うと同時にもしかして上手くオチてはいるのか?という悶々とする結果となった。

おじいさんはあの随分としっかりしたヘッドホンでどんな作品を聴いているんだろう。ポップス、演歌、クラシック、洋楽、オペラ、落語、何でも良いが、自分がおじいさんくらいの歳まで生きていたとして、何かをちゃんと楽しめていたら良いなと思わずにはいられなかった。

 

それはそうと当方、生粋のデスクワーカーであるものの、年々体力が向上しており大雑把な括りであるものの世の中とほんの少しだけ反比例している。

デスクワーク歴が長くなる中、営業さんや立ち仕事をされている方と比べ、一日の運動量が桁違いに少ないのではと感じ、負荷は軽いものの週5日くらいは筋トレをする様になった。アマゾンプライムなどでシリーズ物のドキュメンタリーを流し、それを見ながらのんびりと1時間ほど筋トレをしている。

元々貧乏性なのにオーダースーツに手を出してしまったので太って着れないなんて事態に陥るとショック死するのではとの危惧が根底にある。(逆に筋肉がつきすぎても着れないのでトレーニングの負荷を上げられないという事情もある)

加えて持病なども幸い無い為、体型のコントロールに関しては完全に自分の意思と行動で自由になる、代謝も60歳になっても落ちる訳ではないという記事もそれに説得力を添え、結果、何となく仕事と同じように自然と筋トレする生活が出来上がってしまった。鈴木亮平さんの役作りにおける体重の増減がエグい、というニュースにも何故か鼓舞されていた気がする。

家系的にきっと禿げるし、それはもういつか来るので仕方がない。その諦めもありせめて自由が利く体型くらいは、との思いもあるのだと思う。隔世遺伝は脅威と先輩たちが泣きながらQ.E.Dかましてきた経験が後世に活きた諦めである。

こんな感じだと「目標もなく運動が続くのが気持ち悪い」と言われたりもするが、毎日その目標達成の上で生活しているのでどう答えて良いのか解らず、説明しようにも目標のスケールが小さ過ぎるので「何となく続けられてるんでやってるだけで…」と濁している。進行形というか継続系なので成功体験に胡座をかいていると言われても反論出来ない。まあ今のところ胡座かいてますが…。

何かしら競技をしている人から見て、部活で言うところの帰宅部みたいな宙ぶらりんな状態ではあると思うので、何かスポーツをして活かした方が良いのかも知れないなと思う一方で、人に説明する為に何かに取り組むなんて話題作りの為に皆と揃ってゲームやってた中学時代と何も変わってなくて草通り越してメンタル荒野、こんだけ生きてきてまだ自分の歩いて行く先すら決められないんかいと真夜中に静かに涙してしまう気がするので諦めている。

そのうちバッタリと何かやりたい事に出会える事を期待してはいるが。出会い方としては月9は枠として華やか過ぎるので木10くらいの内容でお願いしたいが、その枠は割とサスペンスだったり愛憎系だったりする事もあるので何卒程々であって欲しい。

副産物的に、デスクワークは長時間椅子に座って同じ姿勢での作業となる中で、筋肉やら体力というのは案外重要であり、それがもたらす集中力も存在するんだなと自身をソースに気付きを得た。

筋トレでメンタルを鍛える、みたいな風潮には関係なくない?としか思えないけれど、一日の業務を自身の体力に足を引っ張らせないという点においては役立つと思うので、社内アンケートの新入社員へのアドバイス欄に「運動をしましょう」みたいな事を書いたら的外れとされてしまったようで不採用になった。

僕のアドバイスが載っていない社内報を読みながら、まあ「メモを取りましょう」とかの方が大事だよなと感じつつ、何となくショックだったのを思い出した。

何故それを思い出したのかと言えば、また「若手社員へのアドバイス」みたいなアンケートが回ってきたからである。

不採用にされたのがショックだったと透けて見える己に若干退いているが、この文章がそのダメージを隠す為のパンチ効いてませんよアピールなんだとしたら効き過ぎで恥ずかしいことこの上ない。膝ガクガク。

 

またー。

ドキュメントを見ながら誰もがドキュメントしてる。

生活スタイルが単純に変わったのもあって、今年の夏は殆ど蚊に刺されなかった。

昨年購入したムヒの残りの出番は今年訪れず、肌につけるものであるしいい加減処分しなければと思っている。

今年に関してはお盆休みという長期間暇な日(アクティブでないので)をコロナで潰してしまった為、連休に毎日やる「運動がてら公園でジョギング」ができなかった事もあり、余計に蚊に遭遇することもなかった。

マンションの3〜4階以上は蚊が登ってこない何て本当かどうか判らない話も聞くし、その条件を満たした環境で暮らしているので自然と蚊を遠ざける生活が成立してしまっている。

元々蚊に刺されたいなどと思っている訳ではないが(世の中には痒みに興奮する人もいるのかも知れない。痛みの親戚みたいなものだろうし)、何というか季節を丸ごと1つ取りこぼした様な気が、そんな些細なことからしてしまう。

何となく見始めて早シーズン7に到達してしまったアラスカで自給自足の暮らしをするドキュメント「氷点下で生きるということ」では夏といえば長く厳しい冬への備えに大忙しであり、その最大の脅威が熊と蚊であり、もっぱら2022年の蚊の脅威はこの番組から得ている。

カメラの前で語る住人(全員が愛嬌がありながらも真面目で、自然を愛している家族想いの人たちである)の輪郭をzoomのエフェクトばりにほんのりとぼやけさせる程の蚊が飛び交っているのは圧巻で、当人たちも慣れた様子ではあるものの作業中は気が散る為に悪態をついたりする。

アラスカで生活をする強靭な精神を持ち合わせた彼らが悪態をつくほどの状況なので、自分が同じ状況に見舞われたら即発狂するだろうなとある種熊よりも恐ろしいものとして眺めている。

アラスカで蚊が猛威を振るうのは蚊を捕食する生き物の数が日本に比べて少ないというのがあったりするんだろうし、それを含めてアラスカの方が生まれ育つに適した環境ということなのかなと考えながら見ている。

 

ドキュメントと言えば、海外のサッカーやアメフト、アイスホッケーなどのチームの1シーズンに密着する「ALL or NOTHING」では海外に行った経験もほぼ無ければ英語を主に使う生活もしたことが無い僕からすると驚くほど多種多様な「F●CK」に触れられることが一つの楽しみと化している。

不平不満がある時、憤っている時、鼓舞する時、褒める時、笑い合う時。どこにでも出てくるのが驚愕である。

ポケモンイーブイが三種類に進化するだけでも胸躍った子供が大人になってから更に多岐に渡る進化のバリエーションに度肝を抜かれた様なものである。因みに僕は草ポケモンばかり使いがちな子供だったので、何というか今の自分に通ずる感じもあって虚しい気持ちを抱く日もあるが、それは別の話。

喜怒哀楽に寄り添うソレの表情豊かさに勿論それを真似する様な生活文化ではないが驚くばかりである。

身近にないコミュニケーションに触れることは「そういうのもあるんだ」と想像、許容、理解にも繋がると思うので知れて良かったといつも感じる。

他方、ONE PIECEのサンジの「クソ〇〇」の多様さへの親しみも同じ意味合いで湧いてくるものなのだろうかと思うし、系統は違えど語尾に特徴があるキャラクターのソレに感じる魅力もまた遠からずなのかなと思うに、基本的に影薄めの人生で忍者、隠密みたいな称された事のある自分のキャラ立ちへの一発逆転の布石はやはりその辺りにあるのかとあれこれ企んでみるに至る。

キャラが薄い人と言われる人間は、幾つになっても世代、立場などで都度名を変えながら大学デビューの様な爆弾を抱えて生きているんである。大変だろう?

 

また凄い人たちと自分に共通点があると嬉しくなるのもドキュメントの良い点であり、僕の中で身近な凄い人たちと言えば春や夏の全国高校選手権大会を目指す高校球児である。

絶え間ない努力と競争の世界に高校生にして身を投じ、目標に向かって突き進んでいく彼らの日常を垣間見れるドキュメントがYoutubeで見ることが出来、元気を貰っている。

浦和学院の生徒が週一度のコンビニ通いを楽しみにしており、そこで生ハムやおつまみの美味しさに目覚めてしまった球児や、常葉菊川地域猫を愛でる選手たちの様子などを見ると自分と似たような事をしているなぁ=自分もこの人たちと同じ部分があるなんてやるじゃんという謎の公式が成り立ってしまい、失礼ながら親近感を抱くに至っている。

最近ではKing Gnuの常田氏がタクシーの長蛇の列に並んでいるというニュース(そんなプライベートをいちいち記事にして報じるなよとは思うが)などにもそんなことを感じたし、常田氏に関しては過去にtofubeats氏との対談で「追い焚き機能有りの風呂のある部屋に住むということがアーティストとして一つの通過点」みたいな話をしており、その対談が行われた氏の当時の制作部屋は押し入れの戸を外して机に改造されており、その辺りでも幼少期にそんなことをしていた自分と被るものがあり、その上で好きな曲も多いことからファンを公言するに至っている。

因みに押し入れの襖を外して机や見せる収納とする手段は一人暮らしの手狭な部屋を視覚的に広く見せる手段として割とポピュラーなのではと勝手に信じており、先日撮り溜めしていたタモリ倶楽部を片っ端から観ていた時にトリプルファイヤーの吉田氏も同じことをしていたので元々好きだった吉田氏もさらに好きになった次第である。僕らの家の押し入れにドラえもんは住めない。

 

これらのことから分かる様に、単純過ぎる人間にドキュメントを与えるというのはあらゆる点で親近感を湧かせるという意味で非常に有用であると同時に、染まりやすいという危険性を伴うとも言える。

用法容量を守り、自身のスタイルとしっかり照らし合わせる冷静さが求められるし、まぁフェイクニュースなんかに気をつけたいなと思う次第である。

 

またー。

新しいルームメイトが現代アートだった件。

山Pさんが英語でペンギンと会話するCMを初めて見た時、山Pさん相変わらず美しいな…と目を奪われているせいで尺の半分を過ぎるまで英語を話している事に気付かなかったので驚いた。

単純に普通に流れている日本人出演のCMが英語な訳ないという思い込みも含まれるし、アニメが割と細やかに動くのでそれを見て伝えたい事のイメージが掴めてしまっていたというのもあるんだろうけど、だとして、何を話しているかをもすっ飛ばしてしまう美はやっぱあるんだなとCMの意味を完全に無視した感心を抱いてしまい広告主の企業に対し申し訳ない気持ちになった。

 

それはそうと、ずっとバーバリーサコッシュくらいのサイズ感の斜め下げバッグが欲しくて、いつお店に実物を見に行こうと半年ほどタイミングを見計らっていた。

季節が移り変わり、ラインナップも入れ替わるというのにお店に行くという行為に妙に尻込みしてしまって、最悪オンラインショップで購入してもいいかと思っていた。

「服屋に着て行く服がない」の兄くらいの気負いっぷりで確保されていた余剰資金(投資とブランド品入手は余剰資金でやりなさいというのが祖母の教え、ではないけどそういうものだと勝手に自分で信じている)は最終的に2022年の夏休みの終わりに木彫りの熊へ姿を変えた。

 

何を言っているのか解りにくいと思うので順を追って説明すると、

信楽焼の狸や木彫りの熊などの民芸品をモチーフにした現代アートを発表されている中谷健一さんという方がいらして、2021年に催された個展の写真をTwitterで見かけたのがそもそものキッカケだった。

グリッチタヌキを筆頭に、民芸品が持つ丸みや素朴さをデジタルな歪みが際立たせる作品群の立体感や色彩に目を奪われて非常に興奮した。

いつか個展に行って実物を眺めてみたいなと思い続けていた所にまさかの作品の一部をネット販売されるという機会があり、思い切って購入してしまったのである。

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ありがとうバーバリー、お陰で躊躇いなく購入出来る資金がそこにあったよ。

また余剰資金できたら今度こそお店に行くからね。

数年前に買った濃紺の財布が可愛い上に丈夫過ぎて全く美品の域を出ず、ヘタリもしないので超愛用しているよ。

話が逸れてしまった。戻す。

購入した作品は厳密に言うと木彫りの熊をモチーフにした「テラゾークマジェイド」というタイトルのオブジェなのだけれど、アートの知識も乏しく、造形の素敵さ一点突破で突っ切ってしまった自分の語彙で説明するのが困難な為、人には「木彫りの熊の現代アートをお迎えしたんスよ」と説明しているんだけど、まぁそれでも伝わらない。

「何でコイツはブランドバック買うハズの資金で木彫りの熊を?」というリアクションをされるし、何となく木彫りの熊でイメージが固まり過ぎるのか「うちの実家にあったやつ貰ってきてあげようか?」と言ってもらえたりする。それはそれで並べて飾りたいので欲しいけど運ばせるのも申し訳ないので丁重にお断りした。

そんな状態の自分が作品を購入して良いのか迷いもしたけれど、青柳カヲルさんやさいあくななちゃんに恥ずかしがる前に行けと教わった(気がしている)事で無事に飛び込む事が出来たので、ちょっとは成長したなぁと思うし、今は青柳さんの絵の横に熊が飾られている。

民芸品の曲線美を鋭い角度で切断され、そこからカラフルなテラゾー仕上げの色彩が覗いており大変に良いリズム感の作品で気ままに角度を変えて眺めている。

それでもって、大事にしなきゃなと思いながら暮らしている。

個展にも行けるように仕事ちゃんと頑張るぞー。

 

またー。

何もないお盆休みを埋めてくれる作品たち。

アマゾンプライムビデオで作品を再生すると画面にレーディングと共に注意事項が表示されると思うんだけど、

「暴力」「薬物」とかだと露骨だったらどうしようと若干身構えてしまう一方、「飲酒」の飲みっぷりが自分以下だったりすると自分のお酒の嗜み方は警告無しにはみせられない代物なのだろうかとソワソワしてしまう。

宗教的だったり文化的な配慮だと解っていても。

まぁでも最寄りのポイントが「差別的」とか「暴言」とかですらなく「飲酒」で済んでいるのも自分が真面目に生きてこれている証なんだから元気出していこうと心の中のマネージャーが励ましてくれるので、今後も全国目指して頑張っていこうと思いまーす。

直前にコロナに感染してしまい、無事お盆休みの全予定をロストしてしまったので家で映画やら本やら高校野球やら延々嗜んでおり、とりあえず前半にお世話になった作品をまとめておこうと思う。

 

■幽玄道士キョンシーズ(映画/アマプラ)

子供の頃に親に録画を見せて貰っていたなぁと懐かしくなって視聴。

なぜか子供がカンフー駆使する映画をやたら見せられていて、カンフーキッズというシリーズが凄く好きだった気がする。

当時も感じたけれど、二転三転して結局ぶっ倒される親方・・・痛い目にしか遭ってないので切ない気持ちになる。

しっかり硬直している死人(しかもそうなる生前の立場も重々しい)がコミカルな存在になると言うのは悪魔くんや鬼太郎に親しんできた僕からしても近いようで同じでない、微妙にお隣さん的な世界観なので改めて観ると死んでるけど新鮮だなと思いつつ見ていた。

スイカ頭が可愛いけど、記憶ではスイカ頭が続編でとんでもない事になった気がするので大人になった今、逆に観れない気がして一歩踏み出せないでいる。

 

機動戦士ガンダム逆襲のシャア(映画/アマプラ)

アストナージが1番可哀想な気がするし、クェスは勿論のことハサウェイもちょっとついていけない。

彼らの嫌う大人になってしまった・・・と普通に凹んでしまった。

最初から戦争があるもの、あらゆる自由が奪われている中で生まれ育った事で「そっちの基準でやってあげてるじゃん、だからこっちも思うように生きさせてくれよ」という苦しみもあるのかなと思いつつ。

 

■パーム・スプリングス(映画/アマプラ)

程良いスケール感とカラッとした色彩に多湿で暮らしている身体が憧れてしまう。

一度でいいからプールに浮き輪を浮かべ、その上でビールを飲んでみたい。

バカに振る舞う主人公を見ながら「明るく低めに演じている人の苦悩と諦めは根深いんだよなぁ」としみじみ。

ヒロインがヒロインであり、圧倒的なヒーローだった事に滅茶苦茶「良ッ!!!!」と刃牙の登場人物みたいなリアクションをしてしまった。

イムループって結構大層な歴史の転換点を背負っていたり、誰かの命が掛かっていたりするので「モチベどうやって維持できるんだろう」などと単純に感嘆してしまうんだけど、本作は自分たちの心身の為だけに何度も繰り返すことで自身と向き合っていく絶妙なカロリーなのがとても好きだった。

 

■コーヒー&シガレッツ(映画/アマプラ)

茶店に行くと毎日顔を合わせてる常連同士の他にこういう人たちが確かにいて、会話のテンポが間延びしているのでBGMにならず耳に引っ掛かってしまうという現象が起こるんだけど、それを卓越した技術でわざわざ見せてもらって・・・という「俺も、そしてお前も何の為に・・・?」と思わずにはいられない展開(展開と呼べる程に物事が動くなんてことは無い。自分の日常がそうである様に)で、確かに手持ち無沙汰になるとコーヒー飲んじゃうよな、とか言葉を探して目が泳いでしまう自分自身を思い出したりして気恥ずかしくなった。

イギー・ポップトム・ウェイツの妙なプライドがチクリとくる話やホワイトストライプスの2人の淡々としたコントの様な空気、ケイト・ブランシェット一人二役の面白さ(最初気付いてなかった)など、映画を観た!!という感じが微塵もしないんだけど、物語もドキュメントも重いけど何か観たいという贅沢な気怠さを時々抱えてしまう自分には丁度良い内容だった。

 

■雑貨の終わり(三品輝起/エッセイ)

無印良品が大学生の頃から好きだったんだけど、土日のレジの大混雑を見かける度に何となくオルタナが、インディーがもうそれでは無い空気でメインストリームに上がってしまったものと似た気持ちを抱いていて、何というかその正体を自分の想像以上の度数で解析された気がした。ラーメン屋の様なネーミングの高級食パン店よりも、それを隠れ蓑にする様な(位置関係は知らないけど)個人経営っぽい演出のチェーン店のパン屋さんの事もかなり気になっていたので、それについても言及してくれていて面白かった。

目を醒ませ僕らの世界が何者かに侵略されてるぞ、とはカラオケでも大変お世話になっているO×Tの名曲「UNION」の歌い出しであり、そこまで拒絶する態度では無くむしろチェーン店寄りの性格をしているのも確かなのだけれど、最初からその顔で来られるのと入り込んでからネタあかしをさせるのは違うんだよなぁ、とボンヤリ考えてしまうし、「ざっくり同じ」という括り方ほど個人に誤差が生じる基準もそう無いと思う。

雑貨とは何なんだろう、自身が雑貨に囲まれる生活をしていないので本書の大切な部分がまだ理解出来ていないけれど、アンティークの雑貨屋を覗いた時に感じるのは生活の時間の長さや愛着が付喪神的な大切さを加味させるのが雑貨と生活用品の違いなのかなと思ったりもするので、自分に無かった考え方を授けてもらった様な気はしている。

 

■MAGMA(映画/楽天TV)

映画に興味があったというより友達が吹き替えに参加しているという情報で有料レンタルしたんだけど、思った以上にどっしり本格的な設定に「予算さえあれば」と2分に1回は呟いてしまう映像というギャップに悶々としてしまった。

世界中の休火山が突如として噴火し始めて世界ヤバイ、救わないとという話だった。

主人公の大学教授よりもヒロイン的な女性の動機も熱意も関係性もいまいち明確でなく、「この人は何故そこにいて、その熱量で発言して、その深さで平然と関わろうとするんだろう」が拭えないまま世界を救うタスクまで参加している姿に「案外こういう人が数百年後には偉人として教科書に載っていたりするんだろうな」と思い至り、勝手に納得して見ていた。ただ大学教授に「連絡を先延ばしにするのはダメ」みたいな事を言ってて、それは本当にそう、大事なことだなぁと思った。社会人として。

富士山が愛知県辺りにある気がした(気のせいだといいな)のと日本のイメージが驚くほど海外にある間違った日本食レストランのそれだった事は不問にしたい。CGがみんなのゴルフ2くらいツルツルで、もうそんな細かい誤差を気にしている場合じゃ無いので。

 

■ロスト・ラッド・ロンドン(シマ・シンヤ/DMMブックス)

地下鉄でロンドン市長が刺殺され、その地下鉄に乗り合わせた大学生の主人公の上着に凶器のナイフが入っており、無実の証明と真犯人を探して奮闘する主人公と相棒となる刑事を軸に進むコミックス。

会話のテンポが言葉のリズムも間も深めて凄く良くて、大掛かりな展開はないけれどスリリングで先が気になってあっという間に3巻読み終わってしまった。

イギリスの生活の中に当たり前にあるんだろうな、という文化や差別、キャリアのあり方なんかをさり気なく、でもしっかり見せてくれる上に絵がとてもスタイリッシュなので大変に好みな為、他の作品も期待しまくりで購入した。読むの楽しみ。

 

またー。

いろんな場所に身を置きながら誰もが暮らしておるという話。

小型犬が2匹、お互い飼い主に抱かれた状態で鉢合わせ、かなり攻撃的な、高圧的なニュアンスでキャンキャン鳴きあっており一触即発を演出しながらも互いに身動きをせず、一切飛び掛かるポーズも見せないのを眺めながら「ラップバトルの方が断然ハラハラするなぁ」とぼんやり思った。自分達の感情のぶつかり合いが安心安全なエンタメと化してしまっていることを彼らに教えたら僕も吠えられてしまうんだろうか。
その時、飛び掛かる素振りを見せられたら、彼らの中で僕こそが最弱なんだろう。


それはそうと先日、休日のホテルのラウンジにケーキを食べに行ったら周りがほぼ婚活顔合わせみたいな人たちで埋め尽くされていて緊張感がひしひしと伝わってきてケーキを味わうのに大変苦慮した。
当人たちは自身の緊張で精一杯で周りの似たような緊張を感じることも無いだろうが、目の前のケーキと紅茶の残量を気にするのみの自分は全部の席の緊張が少しずつ伝わってきて、率先して集めている訳でもないのに緊張感の元気玉状態だった。オラにみんなの緊張を分けてくれ、でもこれ集めたものの何処に、誰にぶつけたら良いんだろう。選挙か。皆、投票行こうな。モーニング娘。の歌みたいに投票行って外食しような。PEACE。
普段は比較的大人しめな部類の商談やらパパ活やらマダムの集いやらマルチの勧誘やらでバラけるので気にならなかったんだけど、これだけ集うとこちらが異分子過ぎて申し訳なくなってくる。
贅沢しに行っている身分なので身近な場所とは言い難いものの、見知った場所の別の顔を見た気分になった。


近所と呼ぶには微妙な距離に個人経営の割とコンセプチュアルな本屋さんがあって、存在を知ってから行くまでに3年掛かったんだけどいざ行くと楽しくて毎月1度は通う様になっている。
割と問屋からドン!配本でーす系の本屋さんにもよくよく見ると特徴があり、その品揃えと店員さんたちが生み出す空気感で頼れるお店というのが生まれるんだけど、セレクトショップ感があるというか、かなりコンセプトというか店主さんの美学で棚が埋まっている本屋さんというのは入る前にまず緊張で背筋が伸びてしまう。
初めてお店に向かう時は「きっと難しい本がたくさんあるんだろうな」と思っていたけれど、お店の選考を経た、言うなれば勝ち抜いた本が並んでいるので大きな絵みたいな印象になっていて勝手が解るまで途方に暮れてしまうだけなのだと思った。
恐る恐る気になる所に手をかけると次々と気になる本を見つけてしまう沼の様なものなのだと感じている。いや恐ろしい。抜けられる気がしない。
一冊をしっかり選んで買って帰り、普通の本屋で買った本なんかも挟みつつ一月で読み切ってそのイメージ。
今はどこからどう興味が繋がったのか雑貨論の様なエッセイを読んでいて、これを読み終えた自分が次はそのお店のどこが気になるのかが密かな楽しみである。
大前提としてお店の思いと自分の興味が合うかどうかの運もあると思うので、その辺を考えるとラッキーな出会いだったなと思っている。


またー。

一丁前にサラダ。

武尊選手のカミングアウトに触れ、次元が違い過ぎるのだけれど「勝って当たり前」に晒されまくる管理職、自分が倒れたら終わりという生活そのものからの何重ものプレッシャー受ける自分が言えないしんどさを「そう思っても良いんだ」と思えた事でとても感動しているし、感謝しています。


弁当屋さんで出来上がりを待っていたら、後からやって来た男の子が弁当を注文し、友人と談笑している中で「この前、親の前でサラダ注文したら『一丁前にサラダ食べる様になったんやなぁ』言われて何か腹立ったわ」と言っていて、それは食生活に気を遣えるまでに成長した息子を喜びながらも素直に言えず照れて茶化しているだけなのではと思いつつ、「一丁前にサラダ」というフレーズの語感がとてもよくて「一丁前にサラダ、サラダ、サラダ…」と心の中で延々と呟いてしまった。OGRE YOU ASSHOLEはラムダ・ラムダ・ラムダ、レヴュースタァライトはロンド・ロンド・ロンド。
成長した息子は一丁前にサラダ、サラダ、サラダ。
当人に意味が通じるまでにまだまだ時間を要するのも含めて良い話だなと思いつつ、でも普通に褒めてあげた方が健康的な生活を送れるのになと思ったりもした。


気温が一気に上がって梅雨を実感する前に夏めいており、近所の田んぼのカエルも大変元気でよろしい。(得意ではないけど鳴いてないカエルが大量にいる方が映画のようで不気味な為)先日、買い物帰りに田んぼの前を通った際、田んぼのカエルの声を聞きながら話している親子がおり、「あぁ、生き物が好きな子供なのかな」と思いながら通り過ぎようとしたら、子供が「お母さん、知ってる?カエルの肉って食べれるねんで!」とワクワクした感じでまさかのグルメ路線で熱弁しており、母親は母親で「食べなくても済む様に頑張って働くわ…」とまさかのいざという時はカエルを狩って食いつなぐというニュアンスでイメージが完全共有出来ているのにテンションと機会の質が完全に食い違って交わりようがなく笑ってしまった。
全然交わらないのにちゃんと親子の会話として成り立っているように外野から聞こえるので素敵だなと思ったと同時に母親ってカエルを食べる可能性まで考慮しなければいけなくて大変だなと思うなどした。


そう言えば京都に行った際、京セラ美術館でポンペイ展を鑑賞した。
火山灰に埋まった(沈んだ)街から発掘された生活様式や美術の歴史に触れ、同時に自然の恐ろしさを感じると共に「自然災害の研究をする事で次に備える事が出来る」と人類の歴史そのものだけではない観点での大切さを研究者の方が語ってくれる映像を観て、その観点でこれまで展示を鑑賞した事がなかったなと新たな考え方を授けて貰えた気がして嬉しくなってしまい、Tシャツを物販で購入してしまった。加えて展示物にあった炭化したパンをモチーフにしたポーチに「こげぱんの始祖じゃん」という気持ちが拭えずこれも購入。最近の展示はどこもグッズが凝っていて面白いが、財布の紐が緩むので恐ろしい。
こげぱんの始祖はサイズが微妙(絶妙?)過ぎて何を入れて良いか解らず、とりあえず枕元で毎日炭化っぷりを見せてくれている。


雨の日、道路に出来た水溜りに初心者マークが水没しているのを見かけて入社してきたけど一瞬で辞めてしまった新卒の顔が過ぎった。
名前も覚えられなかったけど、まあ沈んでしまわない様に去ったのだと考えれば決断が早いほど良いとも思える。
無事浮上出来ていますように。


またー。

ニベアを塗りたくって福を呼び込みたい。

「あそび」という検索しにくさこの上ないコンビの『新人バイト』というコントを眺めていたら恐竜がコンビニに新人バイトとしてやってくるという内容で面白かったんだけど、何より序盤で肌がベトベト(かベタベタかヌルヌル)していると言われたのに対して「ニベア塗ってきたんで!」と恐竜が元気よく返しているのが滅茶苦茶ツボに入ってしまったし、僕も乾燥肌で夜なんかはニベアをベトベトになるまで塗るタイプなので今後は「ニベア塗ってるんで!」と元気よく言っていこうと何故か励まされてしまった。元気よく「こうなんで!」と言えるのは凄く気持ち良いし、羨ましい。特に自分は何に負い目というか、どこに卑下しているのか解らないけどへり下りがちな所があるので、あの恐竜の様に肯定感高くニベアを塗りたくりたいなと思った。
コント自体、好きなテンポで続くので楽しかった。


そう言えば、家の周りが何故か割と緑豊かなので唐突にビワの木なんかもあったりする。
別に今が旬という訳ではないけれど、その木の前を通るたびに思い出すことがあるのでそれを書いておきたい。
ビワの実が沢山なり始める頃、毎年綺麗だなと思って通る度に眺めているんだけど、毎年毎年、ある日突然カラスが大挙して一日でそれを食べ尽くすのが映画の様で滅茶苦茶怖い。
その日までは抜け駆けもせずに大人しくしているのに、何を合図にしているのか解らないが毎年一日で食べ尽くすんである。
たまたまその日にビワの木の前を通るとカラスが実を落とすわ、それを横取りするなと威嚇されるわで大変恐ろしい目に遭う。
熟れて実が落ちたのを確認して「いけるぞ!」となるにしろ、ボス的な個体が「よし!今日は祭りじゃ!」と解禁するにしろ、何にしてもカラスの社会が高度過ぎて感心するし滅茶苦茶怯えてしまう。賢過ぎる。
「このあと夕飯に揚げ物食べるんだけどなぁ」と思いつつも我慢出来ずにばくばくチョコを食べてしまう僕なんかよりもカラスはずっと賢いと思うし、飛べるし、気も強いし、群れだしで勝てる気がしない。ヒッチコック監督の「鳥」を観て以降尚更そう思う。あの世界でも間違いなく僕はさっさと始末されているだろう。最後まで生き残れる訳がない。
木の前を通り、カラスのビワ狩りを思い出す度に「そもそも残らないんだし、残り物には福はないな」と思っていたらYouTubeでたまたま流れてきたトリビアの泉というテレビ番組の切り抜き動画で「80歳以上に聞いた『嘘だと思うことわざ』ランキング」にも「残り物には福があるは嘘だと思う」とランクインしていたのでカラスと人生の大先輩方の両方からお墨付きを頂いた気がする。
早まってもいけないし、出遅れても行けない。
非常に難しいが程々に上手くやる器用さがこんなに大切だとは子供の頃には思いもしなかった。
何の話だっけ?


拝啓工藤、大阪がカジノ建設云々でヤーヤー言うとりますけれども、その辺どうお考えでっか?なんやて?(誇張し過ぎた服部)
僕としての意見はカジノよりUSJの2号店を建てたら良いのになぁ、の一点掛けでスーパーひとし君人形、ファイナルアンサーである。
折角ハンターハンターコラボをしているのでグリードアイランドや天空闘技場を作ったりしたら混雑の分散にもなるし、皆通う程に強くなるので厳しい時代を楽しくサバイブ出来るのではという安直な発想。将来的にはあなたの街の美味しい暴飲暴食の心強い相棒ことじゃんぼ総本店(お世話になっております)の様にどんどんUSJを展開して行って、最終的にはUSJUFJどっちが多いの論争、という大阪生まれ大阪育ちが子供の頃からずっと距離感が微妙な友達同士の苦し紛れな会話でねじ込みがちな精度もへったくれもないネタを現実のものとしてあげる事で土地に溜まりに溜まったネタの怨念が浄化されて皆の心も晴々、気分も良くなったので経済も右肩上がり、ハンターが多数いることで犯罪も激減、強豪校の野球留学の様に大阪からハンターを各地に派遣するという新たなビジネスも軌道に乗り、最終的にはサマソニの東京と大阪での面子及びステージ数の格差が是正されるというハッピーエンドを迎える、というのが僕の筋書きなので今後を注視したい。
米津玄師さんのLemonの再生回数よりも多く繰り返されたネタを今更引っ張り出してきたせいで動悸がするので果たしてその結末を見届けられるのか、多少不安もあるもののそこそこ頑張っていきたい。


またー。