性格の悪そうなBLOG

いちいち長いですが中身は特にないです。

似合う食べ物を持っているかどうか、という才能。

AマッソとKID FRESINOのライブを観ていて、FRESINOさんが「ワンタンスープ」と言うシーンにおいて彼本人の実際の好みはさて置き、似合い過ぎていて眩しかった。中華料理においてどころか食べ物全域に射程を広げても「この食べ物が似合う」みたいなものが自分に無い気がして彼に圧倒的に勝てない、という気持ちになってしまった。そもそも勝負を挑んでいるのも何様なのだと思うしそのステージを勝手に用意した上に勝手に負けているのも我ながら凄い。間違ってもラップで挑まないのも小物だし、重ね重ねある意味では自分も圧倒的である気がする。
幼少期より食い意地という意味では一目置かれてきた自信があるのだけれど、故に手広く何でも食べ過ぎてキャラとして洗練されていないのか「自分と言えばコレ」みたいなのが薄い。食事にまでキャラ求めんなよという気もするが、無い者が叫んだ所でlike a 渇いた叫び(FIELD OF VIEW)である。
米が好きと豪語しているが、そういう自主的なアピールではなく、僕と食べ物が合わさった時に周囲を「似合う」と納得させる事がこのケースにおいては重要なのである。
その才能が秘められているのか、そもそも持ち合わせていないのか、努力のしようがあるのか無いのか、何やら色々解らないことばかりではあるが、やはり憧れっていうのは眩しいぜ、と強く感じた次第だ。


それはそうと「映画大好きポンポさん」がとても面白かった。映画制作、配給会社に勤める男性を軸に映画制作を通して夢を叶えるためのチャレンジと成長を描くという内容だった。
dアニはチャプター分けしてくれているので「適度な部分まで観て続きは今度」という気持ちで再生したのに最後まで食い入る様に観てしまった。
親切にチャプター切ってくれた配信側の手間をぶっ飛ばしてしまったのだけれど、それについてはこちらの意思が弱いというよりも良過ぎる映画を作った製作陣が悪いと思うのでこちらの過失は実質ゼロである。
かのBUMP OF CHICKENがCDの帯で言った「情熱は約束を守る」と「執念は未来を作る」のハイブリッドという印象でとても良かった。
あと性格の悪いキャラが銀行にしかいなくて銀行のパブリックイメージそんなもんなのかなと思ってしまった。
まあ重役の大抵も数字に固執しているだけで根っからの性悪という感じもないけど、THE外資の肩叩きしてた1人だけは許せないなぁ、定年前に失脚しろと思ってしまうほどに皆素敵なキャラで優しい世界だった。
まあこれもそれぞれが取捨選択で特化していく中でジャンル違えど前に進んでる人たちが集まってくる故に誰かを貶める様なキャラが極端にいないからなのだろう。
1人で僕からのヘイトを集めた重役の方には申し訳ないし、こんな優しい世界を観てそう思ってしまう自分への反省も必要だなと感じる。
人って簡単に怒るけど許すのって難しいし、それを知るのは許されない事へ苦しんで初めてみたいな所もあるもんなと大分筋からズレた事をぼんやり考えるに至った。
何が良かった、みたいな話は長くなるのでまたどこかで書けたらいいな。
とりあえず今週中にもう一度観ることにしたい。


またー。

引退を決断した手袋の談話。

寒波という文字があまりしっくり来てない人生だったけど、今年は「ああ、なるほど、寒波って名前通りの活躍でいらっしゃる…」という寒さの絶え間ない波を感じて「こんな身体に堪える日本語で遊ぼうマジ最悪な教育テレビかよ」と毒付きながら毎朝、歯をガチガチ鳴らしながら通勤した。何でこんな寒いのに6時半に家を出なきゃならんのだと嘆くも、時差出勤を利用する事で人より1時間早く始業して退社する為なので完全に自分都合。
完全に自分に呪いの言葉を投げつづけている事に気付いてからは「まあまあ」と自身を諭しながら結局早く帰れる誘惑の方が強く、せっせと歯をガチガチ鳴らし続けた。
その中、15年くらい前に父から譲り受けたモンベルの手袋を片方落としてしまった。
あまり物を落とさない、失くさないタイプなのが幸いしてずっと使っていたんだけど流石に防寒能力的には機能しているとは言い難く、何となく使い続けていた。
父が何年使ってから自分にくれたのか解らないけど、最短でも15年選手である。随分頑張ってくれている。実際どれくらいで買い替えるものなのか解らないけど、普段プロ野球を観てる自分からすると15年活躍するというのは凄過ぎる。
別に飲み過ぎて酔って落とした、という感じでもなく、気付いたら片方だけ消え去っていた。
普段あまり物を落とさないのでそれ自体がショックだったので結構探したけれど、見つからなかった。
あまりに珍しいので「虫の知らせ的に父に何かあったのでは」と思ってそれとなくLINEするも普通に生きてて元気だったので「じゃあいいです」って感じでやり取りは続かなかった。話す事自体は特にないので。
もしかして手袋的にも寒波に太刀打ちできない感覚があって「そろそろ引退かな」と去ってしまったんだろうか。何も言わずに去るなよ。いや喋っても怖いけど。死期を悟って姿を消す猫かお前は。
実際愛着はそんなになく、当たり前に手袋故に手にあり続けてくれたので盛大にセレモニーみたいな事をする様な間柄でもないけれど、せめて「そろそろ引退かな」みたいなことを考えたかったな、と思ってしまった。贅沢な話だけども。
とりあえず落とし物をすると結構ショックだなと思うと共に、よく落とし物をしている人たちはこんな辛い思いをしょっちゅう喰らってんのかと心配になった。願わない頻度で望まずともメンタルが鍛えられてしまいそう。
どう気を付けていいのか解らないけど、落とし物しない様に気をつけていけたらいいなと思う。


またー。

2023/01/27のメモ。

排除アートみたいな言葉が生まれる窓口の色、ドライアイにやけに沁みるからSNSでこの痛みを研ぎ澄ます、誰かに刺されと投げることで誰かに花束を貰えたらなんて無い国の等価交換、朝マック間に合わない寝癖の大胆さ、退屈な夢ならみない方がマシみたいなタイパのつまらなさ、簡単に萎縮する想像力を自力で広げられないことへの言い訳も思いつかないだなんて、可憐さを毎日少しずつケレンして脆くなっても憧れた何者かになれたら、8マイル休日連勤でコツコツ貯めた意地らしいマイルでラテアート購入、排除アートみたいな言葉が心に芽吹く前に、その熱に沈めて溶かして鎮めたいので。

 

またー。

Spotify物騒検索。

かなりの過剰労働でストレスが凄過ぎて殺意みたいなものがうごうごと蠢いていたので思わずSpotifyで「殺す」と検索したら自由ヶ丘さんの「お前を殺す」というおあつらえ向きの曲が出て来て聴いたら淡々としつつほんわかユーモラスなトラックにサラサラと徹頭徹尾マジ殺す感じのフレーズが乗っててビックリし過ぎて癒されてしまった。
ガンダムWヒイロくらいあっさり目にハッキリ「お前を殺す」と明言してて、あーSpotify有料契約してて良かったーと初めて思った。まだ無料期間だけど。これだけの出来事でとりあえず今年は使い続けるだろうから人の負の感情って奴は経済をバリバリ動かすし、なんて言うかエネルギー効率良過ぎるし、それを浄化した瞬間のエネルギーは原子力遥かに凌いでる気がするから何とか電力に転用できる様にして欲しい。
渋谷駅とかに置いとけば世界中に売って余りある電力が3日とかで発電出来そう。そんなもん作れるなら元の皆の負の感情どうにか出来るものを作れた方が良いが外貨獲得の大事さってやつ?資本主義の豚じゃん。そんな物言い豚に失礼だけど。


それはそうと、どこかで、また何かの機会に貰った販促品、何かの記念に買ったタオルを特に愛着も無いというのに延々使い続けている。
数年前に和倉温泉で貰ったタオルを使い続けているのでお風呂に入る時にそのタオルを手に取ると「今日は和倉温泉だな」となる。とは言え温泉気分は微塵もなく、特に思い出が蘇るでもなく、最早タオルについた名が「今日は和倉温泉だな」というニュアンスである。千と千尋の神隠しでコハク川がハクとなったのだから今日は和倉温泉だなはワクになってしまうんだろうか。いきなり何の話だ。唐突過ぎてこわい。またそれとは別にずっと同じ野球選手の名前がプリントされたタオルを使っているので、引退したり他チームへ移籍した場合でもずった推しのチームに在籍して現役で活躍している気がするし、単純にタオルの名前がプリントされている気がする。
自分よりも字面や響きがカッコいい名前がついたタオルに羨ましさを感じながら手や顔を拭いたりする。自分よりカッコいい名前なのに手を拭かせてくれるなんてペラペラと薄い見た目に反して随分と懐が深い。
あと野球選手の名前が入ったタオルでシャドーピッチングをするとプロの投球をしているかのような気分になれるのでオススメである。僕だけかも知れないけど。
本来の役目や意味が薄れて機能せず、名前だけが残ってしまったものは割と多いのではないか、とタオルを眺めて時々思うという話、に出来ただろうか。


またー。

ジョイフルメドレーの魔力にやられた人間の戯言。

最近、スタバの「ジョイフルメドレーのホットのティーラテ」が凄くお気に入りで、頑張ったな!と思うときに買うことがある。
よく「自分へのご褒美は無駄遣い」みたいな話題がネットで節約記事になってるし、まあそれはそうと自分でも思うんだけど、別に節約してお金貯める事が好きなんじゃなくて、今この世の中に不安が多過ぎてそんな些細な、バイトの1時間の最低賃金よりも安いものすら買うか躊躇しなきゃならんだけなのに叱られる事ある?そんな解り切った事わざわざネットでまで言わないでよ…圧が怖いよと思いながら、その重りを背負った上で結局買おうとしている背徳感と「いや、別に金貯める為に生きてるんじゃなくて生きる為に金貯めなきゃと思ってるだけなんで」と滅茶苦茶言い訳してでも労いたい達成感があると買っている。
いいじゃんね、平日の昼ごはん週5で自作のおにぎり2個だぜ?
スタバのカウンターって基本的にコーヒーの良い匂いが充満してて、だからコーヒーでも本当は良いんだけど教えて貰ったジョイフルメドレーは紅茶で、しかも滅茶苦茶華やかな香りがするのに味はくどくないという凄いバランス感覚の持ち主で、カウンターで待ってる時にコーヒーの香りを切り裂いて辺り一面に特別感を主張してくるのまで込みで好きなのである。
誰も何も思ってないのに「あれ俺のなんスよ」みたいな気持ちで待っている。味も凄く好みで落ち着くので更に有難い存在。
仕事の外出からの帰社というタイミングで買った時、ダライ・ラマさんに似てる人にエレベーターホールで一緒になって、「すげえ匂うな、いい匂いだわ」と言われて「香るって言ってくださいよ、いい匂いには」って返して「そういうもんかぁ」ってわははって笑って別れたんだけど、1人になって「自分滅茶苦茶浮かれてない?」と愕然とした。初めてスタバ飲んだ中学生くらい浮かれてる。恐るべしホットティーラテジョイフルメドレー。最近じゃ小学生でもスタバで落ち着いてコーヒー飲んでたりするのに。あの子ら全員パリス・ヒルトンの親戚か?くらいここに自分がいるのは当然みたいな落ち着きで本当に尊敬する。
え?皆あるの?親がスタバ連れてってくれる子供時代。僕はなかった。火サスとかの再放送で刑事が一般人に話聞く為に入るみたいな雰囲気の喫茶店しか連れて貰った事がない。
今でこそレトロ可愛いみたいな受け取られ方があるけど、そう言う所ばっかりだった。
だからレトロ可愛いってのが、何かこう、生活圏に無かった人たちが持て囃してるみたいな気もする時があって、本当に流行ってるレトロ可愛いっていうのは滅茶苦茶ブランディングして、本来のそれとはかなり遠い所にあって、古いものを大切にはしてるんだけどそれはガワの話であるよなと思う。そういう新しいトレンドとしてのレトロなんだと思う。そんだけ言いながら滅茶苦茶そういうカフェ行ってるけど。美味しいものが提供して貰えるから。
こんなにダライ・ラマさんに似てるって情報が何にも活きてない長文あるか?触らないものまで書くなよと思いつつ、気付けばジョイフルメドレーも見る影もないのは何故なんだろう。何を書いて、そして何を読まされるんだろう。
ここにたどり着いた方には申し訳ないけれど、何かの亜空間だと思ってもらうしかない。
お疲れ様です。


それはそうとTwitterのタイムライン上に「このテープ持ってないですか?」に怯える人がチラホラいて、気になってTverで観たらホラー系のモキュメンタリー(と呼んでいいのか)だった。呪いは伝染して拡散していくという作品の中でも、この何のせいで、何のために、どの程度の影響が出るかみたいなものが不明確な本作はかなりパンチが効いているし、頭では解っているのにあり得ると思ってしまって寝付けなくなってしまったし、ようやく寝たら滅茶苦茶難解な構成の悪夢で最悪の初夢で早朝に飛び起きるというブッ刺さり具合だった。
関連作品として2021年末に放送されていた「Aマッソのがんばれ奥様ッソ!」もラインナップされておりこちらも不穏な作品だった。
AマッソのYouTubeチャンネルの同様のスタイルの豪華版だなーと思いながら観た。やはりテレビというスタイルはYouTubeよりも構成も尺も凝っていて良かった。
モキュメンタリーで提供される違和感には心を不安定にするものが多くて、それをふとした瞬間に思い出して怖くなるというものが多い気がする。
YouTubeにアップされているホラーモキュメンタリー「Q」シリーズはその最たるものだと思うのでまだ観た事のない方は是非という感じだ。
それにしてもお祝いムードの年末年始にこんな作品を毎年投げ込んでくるのはやっぱりフワフワした空気感へ居心地の悪さを感じてしまう一部の人たちの感情の現れみたいなものもあるのかなと思う。
僕自身も年末年始にやたら重たいテーマの本(地方衰退、トー横界隈、貧困ビジネスアメリカ社会問題など)を毎年読んでいて、そういう気持ちがあるからだと思う。今回の年末年始はヤクザの元に生まれた子供への取材をまとめたルポ「ヤクザ・チルドレン」を読んでいた。
知りたいという欲がまずあるので逆張り扱いしている訳ではないけど、煌びやかなものが溢れる一方でそこから遠い何かへ気持ちが向いていくという事なんだと思う。
それが自分1人の捻くれではないと思えて嬉しかった。


またー。

お年玉の運び屋としての正月。

年末年始の休みが最終コーナーに差し掛かっている。

晦日は何やかんやブツブツ言いながらも紅白歌合戦を観て過ごした。

色々楽しんだ中でIVEがとても良くてその後聴きまくっている。

それにしても何やかんや言いながらも観てしまう辺りにNHKの、紅白の、そして加齢の魔力を感じる。

そのうち大して好きでもないお節料理の数々も舌に馴染み、お餅を喉に詰まらせる恐怖と美味さが入り混じった刺激に脳がバグって足を洗えなくなっていくんだろう。餅は日本人が最後に辿り着く命を賭けたギャンブルなのかも知れない。

そのうち年金受給の条件にも「餅に手を染めていないこと」が書き加えられ、各地で激しい抵抗運動が起こり、反社組織及びそのフロント合法企業が裏で暗躍し、餅を売り捌く時代が到来する妄想を繰り広げつつ、天城越えを見届けて満足してしまい眠くなり、年越しの前にテレビを消し、寝てしまった。

さっさとスクランブル放送に切り替えろよとNHKに対しては思うものの、かなり色々観ているので受信料は払う主義である。

祖父母が早くに全滅しているのもあって、まぁ代わりに払ってやるかというつもりなので2023年も引き続き見倒したいと思う。

 

お正月、というものの過ごし方がよく解らない為、浮かれ方も解らず、休みを利用して読もうと電子書籍で一気買いした「東京リベンジャーズ」を休み2日目の30日で読み切ってしまい、この無計画さもそれはそれで「羽目を外している」に加えて良いのではないかと思いつつ、アジカン異世界転生してパートチェンジし女子高生になったと噂の「ぼっち・ざ・ろっく」を一気に観て間を繋いだ。

アジカンというよりKANAーBOONの様な瑞々しさがあり、二者の親和性の高さ及び肌年齢の隔たりを感じるなどした。

根暗のボッチちゃん(ゴッチという愛称に寄せられる素晴らしい渾名ではあるが、体を表し過ぎて蔑称になりそうなキワキワっぷりが良い)の妄想が最後まで行き過ぎていて「そう簡単に人は変わらんのだ」のままの素敵な規模感でのサクセスストーリーが素晴らしくあっという間に観終わった。

演奏のズレなどをしっかり再現しているし演奏される楽曲も素晴らしく、続編があれば良いなと願っている。

先述の「東京リベンジャーズ」はアニメの二期が地上波を除くと契約していないチャンネル(ディズニー+)の独占配信との事で、契約したら最後、面倒で解約しなさそうな上にディスカバリーチャンネルもラインナップされているとの事で延々観てしまいそうなので、いっそ原作を買ってしまった方が最終的に安くつくと思って購入した。

よくもまぁ喧嘩とバイクに明け暮れる漫画が令和にヒットしたもんだよと思いつつ、そのスタイリッシュさと複雑な人間関係にしっかりハマってしまった。

自分が全く通ってこなかったヤンチャな(僕の価値観からすると度が過ぎていますが)青春がギラギラしていて良かった。皆可愛いので怪我する度にハラハラした。原作の連載が終わったとの事で、最終巻を待ち望んでいる。

ただ、タイムリープそのものよりも主人公の自身の幼少期の思い出を大事にしたり、過去のしっかりした生活環境の中、何度もボコボコにされて病院の世話になるほどなのに一向に家族の姿を見かけないのが自分の中で最大の謎になっている。

 

実家に顔を出し、姪っ子にお年玉をあげるという責務を果たす。

小学校の高学年と低学年の二人の姪っ子とは、二人の誕生日を合わせてプレゼントを買う時とクリスマスプレゼントを買う時とお年玉をあげる時くらいしかコミュニケーションを取らない。

最近の小学生が何を欲しているのか解らないのでプレゼントについてはLINEで何が欲しいか直接聞いて、一応親に買い与えて良いかと判定してもらった上でアマゾンなどで直接届けて貰う手法を取っていて、お礼のプレゼントを持った自撮りが10枚近く送られてくるだけのドライなやりとりである。

まあ1枚で済むところを10枚も似たような写真を送ってきてくれるので喜んでくれているのだろうなと思っているし、正月はお年玉に加えてカルタやトランプなんかに一生付き合わされるので好かれているのだろうとは思う。

上の姪っ子は内弁慶で早口で口の悪いオタクの道を爆進していて、勝手に制約を色々設けそうな感じもあるので好きなことを好きにやって欲しいなと思ったし、下の子はマジで野生児で「力こそパワー」みたいなタイプでポッキーを束のまま食べ始めたりトランプで突然攻撃してきたりと謎のギャグ行為を繰り出して目立とうと言う姿勢が散見され、体育会系のエネルギーをヒシヒシと感じているので元気に育って欲しいと思う。

将来的に仲が悪い姉妹になりそうだけれど、だとしても健やかに育って欲しいと願った。

 

またー。

2022年のあれこれ。

僕の2022年がどんな一年だったかなんて、人様からどころか来年以降の自分からしたって興味が湧くものなのか正直解らないんだけど、そんな事を言いながら積極的に書いてる部類なので終わってない厨二病、未だに斜めから投げる事を許された数少ない界隈、気分はELLEGARDENの「missing」と言った所である。ブログが駆け込み寺として機能したとは言い難い一年だったけど、だとしてこれまでの助けが失われる訳でもない。自分で書いていただけなのに助けられた感覚になるのは実に不思議だけど、どんなキッカケか知らんが誰かが読んでくれる可能性がある、風船に括り付けたもしくは小瓶に詰めて海へ流した手紙として書いている節があるからそう言えるのかな、などと考えている。

今年は普通に辛い一年だった。
コロナで楽しみだった色んなイベントに支障が出て、自身も陽性になってしまってお盆休みを潰したし(大型連休に体調を崩してしまう周りの顔色伺うコンディションにも腹が立った記憶がある)、仕事はバカみたいに忙しく、かと言って部下に同じ様な働き方をして欲しいとも思えないので損な働き方をしてしまった。
最後のは完全に自己満足だと分かりつつ、その辺りのコミュニケーションをどっしり取って共有を図る余裕が僕に無さ過ぎた。その割に親しみを持って接してくれていた部下たちは優しい奴らなのだろうし、せめて彼らが不幸でも退屈でも無ければ良いと願った一年。まあそんなものの責任まで背負おうなどと勘違いをしている訳ではないけど神社でご近所皆さんの幸せを願うノリというか。
そんな余裕のない感じだったのでお酒とカラオケとたまの野球観戦以外に何かあったろうか、面白かった事、と思い出しつつ少しだけ書き残しておきたい。

 

【書籍】
漫画では「女の園の星」と「つづ井さん」シリーズにとても救われた。全く知らない角度から次々届く笑いに癒された。どちらからも面白過ぎるやろ…と恐ろしくなる瞬間も味わった。
「ホラー映画が怖過ぎて笑えてくる」のと真逆の「ギャグが面白過ぎて怖くなってくる」という意味不明な現象が起きていてスタンド攻撃かと思った。
他にも「正反対の君と僕」は王道のラブコメにまだまだこんな新鮮な領域が残されていたのかとキュンキュンしてしまった。素敵な作品で読後和やかな気持ちにして貰えた。
石井光太さんの「こどもホスピスの奇跡」「近親殺人」というタイトルからして振れ幅が尋常じゃないルポを2冊読んだのもかなりの衝撃だった。前者の熱意と愛情は多くの人に読まれて欲しいと思うし、後者の悪循環からの最悪の結末についても決して他人事でないと知ることで回避出来る事もあるのではと感じている。


【映画】
毎度お馴染みの「名探偵コナン」を筆頭に何本か劇場で観たものの、今年はあまり足を運べず、見損ねた作品の方が遥かに多い。
その中で特に良かったのが「ガンパウダー・ミルクシェイク」だった。現役殺し屋が標的の子供を保護して殺し屋OBと何だかんだ自由を求めて組織と敵対していく作品で、タランティーノ大好きっぷりが素人目にも凄い以上に味方勢が皆素敵で最高だった。殺し屋繋がりだと「ブレット・トレイン」も面白かったけど、個人的には「ガンパウダー・ミルクシェイク」の方が良い、というかこれが今年のNo. 1だと思う。映画館行けてないのでそもそも分母が少な過ぎるけども。
次点は架空の街に根ざした出版社の凄腕(?)ライターと編集長との関係性が愛おしい「フレンチ・ディスパッチ・ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン・別冊」かなと思う。色彩が素敵で、街の明るさ、穏やかさ、治安の良し悪しの複雑さをオムニバス形式で上手く伝えてくれるとても良い映画だった。
そのフレンチ・ディスパッチと同じくらい良かったのが「PLAN75」で、こちらはかなり恐ろしく、またあり得てしまう様な架空の後期高齢者切り捨て制度を取り扱った作品なのにやはり美しく、邦画とは思えない色彩だった。
安楽死へ向けた支度金と死後の自宅整理や書類をサービスする、と何とも便利で主体的な、尊厳を守る取組みです!と明るく宣伝しているけどその制度が根底にある事で雇い控えや賃貸の更新が断られ、最終的に望んでもないのに安楽死を選択せざるを得なくなる社会の生々しさに強い恐怖を覚えた。なのに自分がその年代でなければ果たして反対出来るだろうかと考えてしまう気持ち悪さを自覚出来るのも含めて凄く良い作品だったと思う。

ガガーリン」なんかも古い団地とスペースシャトルが融合する様が美しかったりとフランス映画っぽい色彩に好みを掻っ攫われた一年だったのかも知れない。


【配信】
今年の後半は「水星の魔女」のスレッダの「逃げたら1つ、進めば2つ手に入る」というセリフをお守りの様に暮らしていた。物語自体はまだ序盤から中盤になろうかというタイミングだけれど、特に励まされた作品なので書いておきたい。
他にも色々観たけれど、「僕のヒーローアカデミア」は一気にシリアスな展開になって皆が勇敢過ぎてぶっ刺さり泣けてしまう回が多く印象に残った。励まされるというよりは何とかなってくれと願ってしまう感じというか。
あとは何故かパトレイバーシリーズを延々観ていた。思った以上に緩い世界観だったので、こちらものんびり消化していってきちんと完走出来て良かった。


【音楽】
散発的には楽しんで聴いていたものの、強く惹きつけられたり没頭してしまう様な聴き方が出来ない残念な一年だった。きっと沢山素敵な作品を聴き逃しているんだろう。
大森靖子さんの「魔法使いは二度死ぬ」が好きだけど最終的に「夕方ミラージュ」に帰ってくるというのを繰り返していた。
ELLEGARDENの新譜もとても良くて、ただこれまで以上にバンドや細美さんのパーソナリティを聴いてる気がする。それが出来るというのは本当に凄い事で、待てど待てどやって来なかった続きなのでそれを欲している自分がいるのも間違いないのだけれど、パーソナリティで音楽を聴くだけの没頭っぷりを今年に関してはこちらが備えていなかったと言う事なのだと思うし、それをじゃあ来年取り戻せるかも解らない。
取り戻すというか、前の感性になんて戻れないのだから新しく育めたらいいな。
ただやっぱカッケーと思いながら聴いているこの幸せを自分だけのものだと確信出来る日が訪れたことは破格で、大好きな人に数年ぶりに会えて照れて顔が見れない親戚の子みたいな自分が浮ついてて可愛らしく、ソワソワしてる自分が若干ムカつく。いい歳して。
洋楽についてはwet legが年間通して一番聴いていて、まだ来日のチケットを買えていないのが我ながらどうかと思う。レッチリのチケット争奪戦に負けてしまってその一手間への勢いが失われてしまっている。
衝撃的だったのはサマソニで観たマネスキンだった。あんな全員ロックスターみたいなバンドがいてくれるなんてという驚きと、単純に度肝抜かれる迫力で鳥肌通り越して頭真っ白になる程格好良かった。泣いちゃうかと思った。
来日があればどこへでも行きたい。
後はアンテナが低かった分、歌詞が刺さる事が無くなり、その代わり語感にハマる事が増えた一年だった。「イマジナリーフレンド」「可愛くてごめん」「トウキョウ・シャンディ・ランデヴー」なんかが如実。まあどれも歌詞自体も良いのだけど、それ以上に言葉割りと音の響きが良かった。


そんな感じの一年だった。
来年はどんな一年になるんだろう。
楽しみ!とは中々言えないのが今年を象徴してる気もするんだけど、今年より少しマシに出来たらチェンソーマンのパワーちゃんの様に「ワシの手柄じゃ!」と言えると思うので、マジでそうしたいところである。


たまたまこれを読んだどなたかも2023年があなたの当社比で良い一年になります様に。


またー。