秘密にしても意味なんかないから書く。
これは、大森靖子さんがいつだったか「秘密を教えて」とTwitterで募集していた時に送った出来事で、ずっと、音楽リスナーとしてあるまじき行為だと恥じて言えなかったクソエピソードで、奥さんにも言えずに過ごしていた。
だけど、実際一度話してしまうと全然大した内容ではないのではないかと感じられる様になった。
懺悔という気持ちはもう今は無くて(そもそも懺悔すべきは僕ではない)、ただの思い出として書く。
それは大学1年生の6月だった。
僕は本とCDを取り扱う店でアルバイトをしていた。時給は安いけれど、社割で本やCDを買える事に利点を見出し、仕事も体力勝負な所がある(CDは大した事ないけど本を満載した段ボールを持ち上げるのは体力と腰痛への対策が必要)けれど楽しく勤めていた。
大学デビューを早々に諦め、高校時代と似た様なコミュニティー(仲良い人から順に中退していく地獄の集団)に所属していた僕は友達との夏休みの予定も無く、年上の攻撃力に特化したDV彼女とも別れて何の楽しみも無かったので、どうしてもロックインジャパンフェスティバルに行きたかったのだけれどお金が無くて途方に暮れていた。
チケットは雑誌の先行販売で手に入れていたものの、旅費が圧倒的に不足しており、親に借金するという発想に何故か至らず、半ば諦めていた。
その年のロックインジャパンはELLEGARDENとアジカンが初登場するという事で、どちらも好きだった僕は絶望しつつレジでずっとベルセルクを読んでいた。
そんなある日、バイト中に財布をロッカーに入れっぱなしなのに気付いた僕は先輩に断りを入れ、事務所に取りにいった。
そのバイト先のロッカーは共用で鍵もなく、貴重品は各自で管理することが求められていたのでさっさと回収して作業に戻ろうと思いながら事務所のドアを勢いよく開けた。
いつもはノックをするのだけれど、頭は慣れないながらも楽しく感じていた商品発注の手順の復習で一杯だった為、忘れていきなりドアを開けてしまった。
そしたら、対面してしまった。
驚いた顔で抱き合ったまま此方を振り返る店長とパートのおばさんと。
「失礼します」
と後付けで慌てて付け足し、そちらを見ない様にしながらさっさとロッカーから財布を引き揚げて持ち場に逃げ帰った。
二人とも既婚者だったよな、パートさんの娘さんにバンプのCD貸したよな、事務所で不倫すんなよ、安月給だと外で会うって発想にならないのかな、ていうかこれから僕虐められたりすんのかな、居場所なくなって辞めることになるのかな、気に入ってたのにな、発注作業をしながらそんな事を考えてその日のバイトは終わった。
帰り掛け、店長に声を掛けさせる隙を与えず他のスタッフと一緒に逃げる様に帰ったので、翌日のシフトが本当に憂鬱だった。
バックれようかな、と思いながら眠りについたものの、目が覚めてみると不思議と「何もしてない自分が居辛くなって辞めなきゃいけないんだよ!いざとなったら社長に全部ブチ撒けて最悪でも道連れにしてやる!」とよく分からない怒りに思考が振り切れており、普段より早くバイト先に入るというキレある動きを披露するに至った。
不思議な事に店長にもパートさんにも何も言われず、勿論嫌がらせも受けずにバイトを終えた。店長と二人きりになったタイミングでもB'zのベストアルバムが何枚目だの、それであんだけ売れるの意味わかんないよねみたいな話をしただけだった。
無かった事にしようとしているなら、それで良かった。別のバイトを探すのも面倒なので僕としても好都合だった。
不倫してるとは言え、店長もパートさんも嫌いでは無かった。このまま黙認して済むならそれで良いと思っていた。
家に帰って、レポート課題をしようとリュックに手を突っ込んだ時、固い紙袋の様なものが手に触れた。そんなものを入れた覚えが無かったのでリュックを全開にして覗き込んでみると、本当に見覚えの無い紙袋が入っていた。
得体の知れない紙袋の中にはG-SHOCKと音楽ギフトカードが1万円分入っていた。
それとメモが1枚。
「これでどうか内密に」
店長の上半分がやたら狭く、下半分が長いモデルの股下の様な癖字で書かれていた。
これは買収というものだろうか。不意打ちとも言えるプレゼント攻撃に対して気味が悪いのと気持ちが悪いのでクラクラした。それ以上に、こんな事をしないと黙ってないと思われた事があまりにショックで震えが走った。今すぐ捨てたい。
もう今晩はレポート書けないな、どうにかして寝ようと不安定なメンタルのまま席を立とうとした時に、壁に画鋲で留めてあるロックインジャパンフェスティバルのチケット代払い込み済みの半券が視界に入ってきた。
プレゼントされたものを使うのは死んでも嫌だという気持ちがあり、ただ突き返すとバイトを辞めないといけない展開になりかねないという面倒さもやっぱり根強くあった。
だからこれを売り飛ばして旅費にしようと思った。
翌日、学校帰りに梅田まで足を伸ばしてG-SHOCKと音楽ギフトカードを売った。合計で2万円くらいになった。
僕はそのお金で東京を経由して茨城県のひたちなかに行って、エルレとアジカンを観た。
エルレは観たことがあるものの、アジカンは初めてだったので、ライブが終わった途端に初めてのアジカンを何だか汚いお金で観てしまった様な気がして無性に泣きたくなった。
待ち望んでいたアジカンとの対面を自分の手で歪めてしまったのだという後悔が凄まじく、そこでようやく親に借金すれば良かった、あんなもの勢いに任せて捨ててしまえば良かったと思った。
バイトを頑張って遠征した、と純粋には言えない自分が恥ずかしくなり、結局適当なタイミングで会場を出てホテルに帰ってしまった。
その場で初めて聴いた新曲のタイトルが「リライト」だったのはちょっと変に出来過ぎていた。
翌朝、大阪に帰る為に立ち寄った水戸駅でバイト先にお土産を買った。売り飛ばして得たお金の残りをお前たちにも食わせてやる、という気持ちで残っていた2000円でお菓子を買った。
僕は、それ以降も秘密を口外することなくバイトを大学卒業まで続け、その間店長もパートさんも在籍し続けていた。関係が続いていたかは知らないけれど、仲は変わらず良さそうだった。
そこから最初にいなくなったのは就職に合わせて辞めた僕で、その後は何も知らない。辞めてからは一度も店に顔を出さなかった。
これを書きながら、まだ店はあるのかなと調べてみたら閉店したという情報を見つけた。
面白くも何ともないけど、これでもう本当に終わりだから、こんな日記があってもいいかと思ってこれを書いた。
それだけです。
またー。