性格の悪そうなBLOG

いちいち長いですが中身は特にないです。

生活の輪郭を猫が撫でる。

割と大きめの衝突(もはや抗争と言って差し支えない)をして絶縁状態だった母方の親戚から連絡があり、母が会いに行くという連絡を貰った。母とその親戚はきょうだいにあたるので、どんな別れ方をしていても会いたくなる気持ちは解るし、良かったねーと返事をして送り出した。
別に我が家がこれまで何か被害を受けた訳でもないし、むしろ他の兄弟とその親戚のドンパチに巻き込まれていた様な部分が大きく、ただ人が良く緩衝材のような存在だった母が思い悩んでいたという状況で、それが報われて軽くなるのであれば万歳、という感じだった。
その後、無事に再会を果たしたとの報告を母から貰い、その親戚がある占いを習得し、あの別れは必要だったと明るく言っている事を知って、間に挟まれ心をすり減らしてきた母のことを考えると良かったと一安心しつつもモヤモヤしてしまった。
衝突の原因はその親戚にも兄弟にもあり、過失の割合というのは子供からすると見えにくいものではあるが、どう考えても双方にあると思っていて、それを占いの結果必要だったんで!というのは占いをあまりに都合よく自分の肯定に使ってやしないかという気がしてしまった。
勿論、どんな苦しさを抱えて、それを乗り越えるために努力されてきたかを知る術はないので僕が感じる事が的外れである可能性はあるし、むしろそうであって欲しいなとも思う。
ただ、自己肯定感鬼強の最果てという印象を受けてしまってちょっと心がついていけなかった。
後悔し過ぎも良くはないと思うけれど、後悔出来るというのも一種の才能なんだと気付いたし、後悔出来る人間でありたいと改めて思った。


最近は歌人、小原晩さんの「これは生活なのかしらん」を読んでいた。
社会人の寮生活、友人とのルームシェア、恋人との、そして夫婦での暮らしなど。その出来事を振り返ることで「生活」を捉え直していくような一冊だった。
小原さんは前作でも社会人になりたての頃や実家の家族との関係を通して不安定な自分という存在を掴もうとするような文章を書いてらして、短歌で凄く瑞々しく表現されるのに文章はグルグルと自作の迷路を彷徨っている様な印象だった。
今作もそうなんだけど、自分の出来ない部分をやたら鮮明に捉えてしまう以上に、関わる好きな人たちの良いところを言い表すのがとんでも無く上手く、本当に大切に思う人の事をよく見ていて、だからその人たちからも優しさが返ってくる循環みたいなものがあるんじゃないかと想像しながら読んだ。
人の良さだったり凄いなと感じるところを素直にそう言える人間になれたらいいな。
あとは恩蔵絢子さんの「脳科学者の母が、認知症になる」を読んだ。
自分の親が認知症になったら…という不安ではなく、脳科学を研究されている方から見た認知症の姿がどんなものなんだろう?という興味と、自分とは違う見え方(自分には祖母の例しかないので)を知れたらいいなという気持ちで読んだ。
物事を認識する視野が狭くなってしまったり、何をするかの理由付が困難になるなど、単に「思い出せない」「覚えていない」とは異なる「見えていない」部分を丁寧に教えてくれて成程となった。
祖母の頃は少し離れたところに住んでいて、会いに行く時はどうしても「覚えていない」ばかりが目についてしまったけれど、それでも助言があれば出来ることがあって、毛糸で座布団を編んだりしていたのを思い出した。
しっかりしている自分が本当の自分で、記憶や判断力が衰えた自分は自分ではない、という強い部分だけを信じたい気持ちは自分にもあるけれど、認知症を発症した方は恐怖心と戦いながらより強くそう思っているんだなという事も教えて貰えたことにより、解らない事への拒絶感が外に向けられた怒りよりも自分への恐怖なのかもなと思えて、どう接するのが良かったのかなと祖母を思い出したりした。
両親も認知症を発症する可能性があるし、その時にどう自分が感じるか解らないけれど、本人は自分よりパニック状態なのだから頼れるところに頼りながら何とか出来たらいいなと思った。


そう言えば、筋トレのお供に観ていたアニメ「デキる猫は今日も憂鬱」を完走した。
凄く有能で大きく成長した猫の諭吉と、その猫にお世話される飼い主の幸来のほのぼのしたコメディで仕事で疲れた頭にじんわり沁みる暖かい作品だった。
家事全般を完璧にこなす猫の諭吉のおかげで社会的には仕事バリバリのハイスペ人間と化している幸来が面白くて、でも実際家ではダメ過ぎる人間がエネルギー補給して外では凄いというのは現実にある事だと思うので微笑ましい。
あの間取りに住めてあれだけの食材を買える幸来の能力は単純に凄いと妙に生々しい見方をしてしまう自分が汚くて嫌だな、と思う一方で部屋着ばかりで外に出掛ける為の服がないとか嫌がりながらも仕事へ行くことの執念めいた責任感を感じさせる所など共感してしまって本来の見方ではないのではと反省した。趣味らしい趣味もなく睡眠による回復に全振りしている姿は自分とも重なる部分があって幸せでいてくれ…と願ってしまった。
お世話してくれなくてもいいから、いつか猫や犬と暮らしたいな…。

 

重たい話を書いてしまった。


またー。