性格の悪そうなBLOG

いちいち長いですが中身は特にないです。

ウグイスと一緒に洗濯物を干そうツアー

朝の5時に洗濯機のタイマーに起こして貰って洗濯物を干して1日を始めるパターンを5日間ある平日のうち2回やっているんだけれど、急速に5時の空は明るさを増しており、裸足でベランダに出られる様になりつつもあり、あぁ、春が来てるんだなと思いながら干している。冬は朝も昼も夜もとにかく寒いので洗濯物を干すというのは苦行であり、かと言って部屋干しするのも好きじゃないので自分のせいなんだけど「この世の全てを呪う…けど跳ね返ってきたら嫌だからこの世の全てを呪うポーズだけな」と念押しした上でベランダでこの世の全てを呪うポーズを毎度繰り出していたんだけど、しばらくそんな日々とはおさらばな訳で平和で良い。
スパルタローカルズの「ウララ」という曲の歌詞に「ぬくい」という単語があって、それを春を感じた時と、タモリさんの博多の柔らかいうどんの話を思い出した時に連想する。春はぬくい。この温みだけでこの人生は生きるに値する。これはamazarashiだが。スピッツの「春の歌」も好きだ。
しかし平和と言ったものの、世の中は全然平和には程遠いし、苦々しい理不尽なものがどんどん身近さを増している様な気もしており、変に疲れる。
洗濯物を干しているとそもそも嫌いな家事No. 1なのもあってそんなことを考えてしまいがちなのだけれど、ここ数回はウグイスが鳴いており何だかウキウキしてしまう。
最初に気付いた時は滅茶苦茶下手くそだったのに、同じ個体かは解らないけれど今では上手に鳴くようになった。
上手になり過ぎて干している間中途切れなく歌うので段々と春の微笑ましさから駅のトイレのBGMみたいな機能的自然音にイメージが書き換えられてしまった。最悪な印象の上書きである。
本家が聴こえる距離で歌ってくれているのに、最寄りのイメージが駅のトイレな為にこんな事に。人間は罪深い。
先日、三十三間堂に行って沢山の千手観音像に圧倒されつつも頭の中では「仏ゾーン」のことを考えている自分がいた時もそんな事を思った。
いや三十三間堂そのものに感動した上で、その余談としての仏ゾーンなんだが、阿修羅像の足が裸足だったのでアシュラくんも確か…などと思ってしまった。
煩悩に塗れておる。こういうの心洗われるんじゃないのかと責めながら京大の近くでパフェを食べるなどした。バランスの崩れた飴と鞭よ。
脈絡がある様でないけど最近こんな感じ。

 

この世の全てを呪うポーズは素人が真似すると危険な為(恥ずかしい為)割愛させて頂く事とする。


またー。