性格の悪そうなBLOG

いちいち長いですが中身は特にないです。

11月の夏日にデジタル鷹匠の君は。

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会社内のシステムを整えてくれる社内SEの様なポジションの方(前職はマジSEだったそう)が何かあるとノートパソコンを左腕に乗せて出動して来てくれるので漫画アニメ脳の僕からするとデータ分析型のヒーローだったりスポーツ選手みたいに輝いて見えるのでワクワクしてしまう。

いくら軽量化されたと言え、本来は机に置いて作業する機器を片腕に乗せて歩き回っているのでボディバランス重視で背筋も伸びていて使い魔を連れている様にも見えてしまい、「デジタル鷹匠」と勝手に心の中であだ名をつけている。

作業の待ち時間に話す機会があったのでつい「ずっと片腕にノートパソコン乗せてたらテニス部みたいに片腕だけムキムキになりませんか?」と聞いてしまい、「確かになっているかも知れません」とショックを受けている顔を見て失礼だったかも知れないと思い、フォローのつもりで「凄いサーブ打てるかも知れませんよ」と言ったんだけど何の励ましにもなっていない、ただ斬りつけた部位に率先して塩を塗り込もうと壺に手を突っ込んでいる奴になってしまって地味なヴィランに成り下がってしまった。

本当に凄いサーブが打てたとしたら迷いなく僕の顔面に打ち込んできた可能性もある。その時は甘んじて受けなければならない。

申し訳なさだけは伝わった、というかムキムキ疑惑以降は微塵も気にされてないとの事だったので一安心である。この書き方もまぁ失礼な気もするが。

 


それはそうと毎朝、納豆卵かけご飯を食べているということを人から「健康に気を遣う丁寧な暮らし」的な褒められ方をされるものの、腹持ちとボリューム重視で辿り着いた境地なので照れ笑いも引き攣りがちである。

納豆は3個1組で100円くらいで買える上に、その値段にしてはパーツ(納豆、フィルム、からし、タレ)も多くて調理(と言って差し支えありそうだが)している気持ちになれるし、卵は価格高騰とは言え個数を考えると安いので納豆卵かけご飯を準備する過程の「全然労力をかけていないのに何か手を動かしている気持ちになれる」という部分まで含めて自分には合っているのだと思う。

冷凍ご飯の量も適当なので米の量が多く薄味になってしまった際は醤油を追加でかけるのだけれど、ボトルから直でかけるので大体かけ過ぎる。

「健康に気を遣う丁寧な暮らし」であれば醤油差しを使うし、そもそもご飯の量もそれなりに測るだろう。自分がしているのはただの質素な暮らしである、と施川ユウキさんの『鬱ごはん』のようなことを考えながら、そこまで時間に追われている訳でもないのに何となく台所で立ったまま食べている。

 


そう言えばスーパーの一角に設置されたガチャガチャコーナーのサブカル除外、幼児全振りのラインナップの中にもちいかわが進出してきて感慨深かった。

あの令和のふんわり蟹工船の様な作品がスーパーのガチャガチャに登場するなんてのは紅白に進撃の巨人が登場するくらいヤバい案件なのでテンションが上がってしまう。

そして令和になっても根強く存在し続けるラメ入りの透明なウンチのガチャガチャと隣り合っていた。自分が子供の頃にも人気のあったラメ入りのウンチの隣に立てる、という尋常じゃない成功にクラクラする。どこまで行くんだろう。キッザニアで討伐とか登場する日も遠くないかも知れない。

それにしても自分より遥かに情報過多な環境で生きているであろう現代っ子にも通用してしまうラメ入りのウンチの恐ろしさたるや。自分に関係がある故に身近に感じられ、完全なフィクションとしても成り立つキャッチーなフォルム、人類は下ネタから脱するには時間と経験を要するということが立証されてしまう脅威の存在感に畏敬の念を抱く。

最寄りの現代アートかよ、と思いつつ全然欲しくないので買わずに帰った。


またー。